第23話 貴族の駆け引き

「本日はこうしてお会いするお時間をいただき感謝申し上げます、ケーニッツ子爵閣下」


「ああ、隣人である貴殿の頼みとあらば喜んで会うさ、アールクヴィスト卿」


 ケーニッツ子爵家の当主アルノルド・ケーニッツは、屋敷の応接室で西隣の領主であるノエイン・アールクヴィスト士爵と面会していた。


 いつものように兎人の奴隷を後ろに侍らせて好青年ぶった笑顔を浮かべるアールクヴィスト士爵だが、彼がそれなりに頭の回る、油断ならない貴族であることは過去の難民に関するやり取りのときに分かっている。アルノルドとしても気を抜いて接するわけにはいかない。


「それで、何やら相談があるという話だったか?」


「はい。実は……鉱山技師をご紹介いただけないかと思いまして」


 その一言だけで、アルノルドは全てを察した。


「そうか。貴殿もレスティオ山地に手をつけたか」


「お察しの通りです。先日アールクヴィスト領と接するレスティオ山地を調査して、鉱脈をひとつ見つけました」


 ロードベルク王国の北部にはレスティオ山地が蓋をするように並んでいるし、その他にも大小の山地が点在している。大抵の北部貴族領はどこかしらの山と接しており、鉱山開発は北部貴族にとって馴染み深い事業のひとつだった。


 アールクヴィスト士爵が開拓資金を稼ぐためにそんな鉱山開発に手をつけたというのも、当たり前といえば当たり前の行動だ。


「よかったではないか。何の鉱脈か聞いても?」


「はい。ラピスラズリ原石が採れる鉱脈でした」


「……そうか。それは珍しいな」


 思わず声を上げそうになるのを抑え、努めて冷静な口ぶりでアルノルドは答える。


 ラピスラズリと言えば、宝石としての価値ではルビーやサファイアなどの貴石に及ばないものの、「母なる海の青」という顔料の原材料として凄まじい高値に化けることで知られている。


 ロードベルク王国では特に希少な鉱石のひとつだ。それを早々に発見するとは本当に運がいい。


「私としても自分の幸運を神に感謝する次第です。しかし、私には鉱山開発の知識もなければ、職人などの伝手もなく……ケーニッツ閣下は銅鉱山や鉄鉱山を所有し、開発に手腕を奮っておられると聞き及んでおります。我が領の領民たちに鉱山採掘の知識を教えられる技師をご紹介いただけないかと思い、お願いに参りました」


「領民に採掘の知識を教える技師? 人夫を雇い集めて開発させるのではないのか?」


 鉱脈の開発では、普通は技師や鉱山夫、さらには鉱石の加工をする職人などの技術者集団を雇い入れるものだ。


 アルノルドとしては「紹介」と言う名目で自分の息のかかった職人たちをアールクヴィスト領に送り込み、販路を掌握して加工品を安く仕入れたり、場合によっては原石の横流しをさせたりして儲けられるとたった今考えた。


 しかし、採掘指導者としての技師を送り込むだけではそれは叶わない。


「我が領はまだ小領で、私も領主として若輩も甚だしい身であります。大規模な鉱山開発を維持・管理する能力は恥ずかしながら私にはありません……なので、身の程をわきまえて小規模に採掘を行い、原石の状態でマイルズ商会に卸す契約を先日結びました」


「……」


 先手を打たれたか、とアルノルドは思った。


 アールクヴィスト士爵が無理をして自らラピスラズリ原石の採掘から加工・販売まで手がけようとするなら、子飼いの職人や技師を送り込んで経済的に属領のような状態にすることもできた。付け入る隙はいくらでもあっただろう。


 何なら軍事的に圧力をかけて「ラピスラズリ鉱脈の採掘・加工事業に関してはケーニッツ子爵に委託する」とこちらに有利な契約を力づくで交わすことも、やろうと思えばできた。ラピスラズリ鉱脈の規模によっては、そうした強硬的な態度に出るに値する利益が生まれるかもしれないのだから。


 しかし、アールクヴィスト士爵が既にマイルズ商会と契約を、それも「原石を卸す」という契約をしてしまったのなら話は別だ。


 正式に契約が結ばれたところにケーニッツ子爵が力づくで介入すれば、アールクヴィスト士爵だけでなくマイルズ商会の恨みも買うことになる。マイルズ商会からすれば、「ラピスラズリ原石の加工・販売」という莫大な利益を生む事業に水を差されることになるのだから。


 あれはケーニッツ領内でも屈指の大商会だ。領内だけでなく、王国北西部全域に販路や支店を持っている。それに子爵家にとっては御用商人のひとつと言ってもいい、重要なビジネスパートナーでもある。


 そんな商会から悪感情を抱かれるとなると、ひとつの鉱脈を得るための代償としては大き過ぎる。マイルズ商会と経済的に対立でもすれば子爵家の財政に大きなダメージを追うし、「ケーニッツ子爵家は目先の金のために御用商人にさえ圧力をかける」などと風評が広まれば醜聞になる。


 これまで「善政を敷く聡明な領主」という評価を得るためにそれなりに苦心してきたのだ。こんなところでその評価に傷をつけたくはない。


 そんな考えを巡らせていると、アールクヴィスト士爵が話を続ける。まるでアルノルドが考える時間をわざと与えるような間の取り方だ。


「私としては原石を卸すだけでも十分に自領を潤す利益を上げられます。ケーニッツ閣下におかれましても、マイルズ商会がラピスラズリの加工販売で多額の利益を上げれば、大きな税収の源になるかと。お互いにうま味のある話ではないでしょうか?」


「……そうだな。貴殿の言う通りだ」


 アルノルドとしては認めざるを得ない。


 彼の言う通り、これはケーニッツ子爵家としても悪い話ではない。むしろ黙って何もせずにいるだけで領内の経済が大きく潤い、税収の増加を期待できる儲け話なのだ。やることと言えば、鉱山技師を一人、アールクヴィスト士爵に紹介してやるだけ。


 士爵自身の儲けを確保しながらも相手方であるアルノルドにしっかりと利益を提示し、さらには他の選択肢をあらかじめ潰しておく。何とも嫌らしさを感じる立ち回り方だが、利益を提示された側としては文句を言う筋合いもない。


 思わず「ふっ」と苦笑が漏れる。


「貴殿はそれほどまでに私のことを信用できないかね?」


「畏れながら、若輩者の私では閣下の仰る意味が分かりかねます。私はただ閣下の新しき隣人領主として共栄のためにお力添えできればと考えている次第です」


 かまをかけたアルノルドに対して、あくまで微笑みを崩さずそう答えるアールクヴィスト士爵。


「ははは、そうかそうか」


 もちろんアルノルドも彼の言葉を額面通りに受け取るようなことはしない。表向きはこう言いながらも、アールクヴィスト士爵がこちらのことを信用していないのは丸分かりだ。


 信用していないからこそ敵対して打ち勝とうとするのでもなく、恭順して搾取されるのをよしとするのでもなく、相手に利を示して共栄を図る。しかし利益の源泉はあくまで自分で確保し、さらにそこへ大商会という強力な第三者を挟むことで安全策を取る。


 これほどひねくれた立ち回りを見せるのは、あの悪名高いキヴィレフト伯爵の子だからこそか。それとも後ろ盾を持たない木っ端貴族として生き延びるために自力で考え出した処世術か。


「それで……相談のお返事を聞かせていただいても?」


「ああ。私が懇意にしている職人集団に頼んで、優秀な鉱山技師を指導役に送ろう。技師への報酬は貴殿持ちでいいな?」


「もちろんです。ありがとうございます。閣下のご厚意に心より感謝申し上げます」


「構わんさ。貴殿は頭がいい。貴殿と仲を深めておけばこの先もいいことがありそうだからな」


「そんな、私などまだまだ右も左も分からない若造です。ぜひ今後とも閣下のお力をお借りしたく……」


 人好きのする笑顔でそう握手を求めてくるアールクヴィスト士爵だが、内心ではこちらのことをどう思っているのやら。


 難民受け入れの件のときもなかなか悪くない話しぶりだったが、今回は見事という他なかった。何せこちらにはただ彼の提案に頷く以外の選択の余地がなかったのだから。


 こいつは食い物にしようとするよりも、純粋に親しくして面倒を見てやる方が利益を生みそうだな、とアルノルドは考えた。

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