第22話 大きな商談をしよう③

「では、まず原石の買い取り価格ですが、どれ程で買っていただけるでしょうか?」


 契約の具体的な内容を決めるにあたって、まずノエインがずばり本題に踏み入る。


「そうですね、この原石の質や現在の相場を鑑みるに……1kgあたり800レブロではいかがでしょうか?」


「それは……私も多少はラピスラズリの価格を学んでから来ましたが、それをもとに考えると1kgあたり1400レブロでお売りしたいと考えていました」


 商談の規模が規模だけに、さすがに簡単に安くはさせてくれんか、とベネディクトは内心で呟いた。


「1400となると、ラピスラズリ原石の卸値としてはやや割高になりますな……1000ではいかがでしょうか?」


 勘で金額を振ったが、ベネディクトの反応を見るにそう外した数字ではなかったらしい、とノエインは思う。簡単に受け入れられないのも予想の範囲内だ。


「ではもう一声、1kgあたり1200レブロではどうでしょう? 原石の状態で、マイルズ商会だけに独占的に買い取りをお願いするという点も鑑みていただいて……」


 ノエインがやや苦笑しながらそう提案する。


 この辺が落としどころか、とベネディクトも考えた。


「かしこまりました、ではその価格で買い取らせていただきましょう。お持ち込みされる量はいかがいたしましょうか? 取引の額が額ですので、こちらとしても事前にある程度定めさせていただきたく存じます」


「ひとまず向こう1年間、1か月あたり1トンほど持ち込ませていただきたいと思っていますが、どうでしょう?」


「いささか少なくも感じますが、理由をお伺いしても?」


 領外から大勢の人夫を雇い込めば、もっと短期間で大量に採掘することもできるだろう。そうしない理由があるのか。


「先にもお話したようにうちは小領ですので、あまり領外から人夫を入れるのは避けたいのです。領民より外部の人間の数が多い状況になれば治安の悪化も危ぶまれますし、採掘作業に私の管理が及ばなくなってしまいますから。指導のための技師のみを雇い、採掘自体は領民のみで行おうかと」


「なるほど……理解いたしました。それでは月あたり1トンのラピスラズリ原石を、1kgあたり1200レブロで買い取らせていただくかたちで1年の契約を結ばせていただきましょう。次の1年については鉱脈の状況などを見ながら、また来年のこの時期にご相談させていただくということで?」


「はい、異論ありません」


 その後も細々とした条件を詰め、話がまとまったところで2枚の羊皮紙に契約事項を書く。これは両者が1枚ずつ契約書を保管しておくためのものだ。


 それぞれが2枚ともに署名し、1枚ずつ取ったところで、ノエインとベネディクトは握手を交わした。


・・・・・


 契約を終えてノエインを見送った後、ベネディクトは自身の執務室に戻ってお茶を啜りながら一息つく。


「なかなか頭の回るお方でしたね。商会長が言いくるめられるのではとヒヤヒヤしましたよ」


 そう軽口を叩いてくるのは、先ほどの契約の際にも補佐役として同席していた、ベネディクトの右腕とも言える部下だ。


「いくらなんでも素人を相手に商談で足元を掬われたりはせんよ。とはいえ……前に毛皮と魔石の取引をしたときは人当たりがいいだけの若者かと思ったが、今日話した様子ではなかなか独特の思考を巡らせていたな」


 あのくらいの若造なら普通は無茶をしたがるものだ。ケーニッツ子爵との対立や領内の多少の混乱を見越しても自力でラピスラズリの加工・販売まで手がけようとしても不思議はない。そこまで実現できれば、得られる利益は原石を卸売りする数倍、下手をすれば10倍以上になるのだから。


 それなのにあの若い貴族は、自領の平穏、ケーニッツ子爵との良好な関係、さらにはマイルズ商会との太いコネクションを得るためにその利益を迷いなく切り捨てた。


 自身も領を発展させる上で必要十分な利益を確保しながら、ケーニッツ子爵にもマイルズ商会にもしっかりと美味しい思いをさせてくれている。


「お人好しと見るべきか……いや、おそらくは他者を信用しないからこその振る舞いか」


 お茶を飲み干し、ベネディクトは独り言ちた。


 アールクヴィス士爵があそこまで「両者が得をする関係」にこだわるのは、おそらく相手を思ってのことではない。むしろ取引相手のことを「利益を餌として与えないと牙を剥いてくる仮想敵」くらいに考えているのだろう。


 だからこそ彼は、ケーニッツ子爵にもマイルズ商会にも十分な利益を与えてきたのだ。彼はこちらを好いているわけでも、本当の意味で信頼しているわけでもない。


 おまけに鉱山で採掘に従事させる人夫を雇うことすら「治安の悪化が危ぶまれる・自分の管理が及ばなくなる」と難色を示す有り様だ。領外の人間がよほど信用できないと見える。


 表向きの行動は誠実で相手思いに見えるが、その実は全て他人を疑い、自分とその領地を守るためのものなのだ。あどけない好青年のような顔をしておきながら、相当にひねくれた性格をしているらしい。


「少なくともこちらが損をさせられることはないだろうが、気楽に付き合える相手ではなさそうだな」


「今回の契約で得られる儲けを考えれば、商会長の多少の気疲れなど安いものでしょう」


「はは、違いない」


・・・・・


「あははっ。契約できちゃったー。儲けちゃったー」


 マイルズ商会を出たノエインは、ホクホク顔で歩いていた。場所は酒場や料理屋などが集まる大通り。今は、祝いを兼ねてノエインの奢りで昼食を食べに行こうとしているところだ。


 無事に契約を結び、今日持ち込んだ50kg近い原石も売れて、今日だけで6万レブロに迫る稼ぎを得た。笑いが止まらないのも勘弁してほしいところだろう。


「お見事でしたノエイン様」


「さっきの話し合い、とても鮮やかでしたよ」


「へい、あんな大商人を相手によく立ち回れるもんだと思いやした」


「そう? 僕って凄い? えっへっへ」


 商談を見ていたマチルダたち3人も口々に称賛してくれて、ノエインの機嫌も有頂天に達している。


 そう話しているうちに目当ての店にたどり着いた。ベネディクト商会長からおすすめされた、やや高い料理店だ。


「本当に私たちまでご相伴に与っていいんですか?」


「いいのいいの。今日はお祝いだし、僕は今最高に機嫌がいいからね」


 遠慮がちに尋ねるエドガーに返事をしながら、3人を連れて店に入るノエイン。


「好きなものを好きなだけ食べていいよ」というノエインの言葉に従い、マチルダ、ラドレー、エドガーは牛肉や魚など普段の居住地では食べられない食材を使った料理を堪能した。


 その後は、レトヴィクで一泊するための宿を取る。明日はケーニッツ子爵と会って話をしなければならない用事があるのだ。


・・・・・


 ラドレー、エドガーと別れて宿の2人部屋に入ったノエインは、商談の気疲れもあってベッドに体を投げ出した。そんな彼の隣でマチルダもベッドに腰かける。


「ノエイン様、今日は本当にお疲れ様でした」


「ありがとう。やっぱり手練れの商人を相手に話すのは緊張するね。おまけに明日はケーニッツ子爵とも話さないといけないし」


 そうため息をつくノエイン。


「……おいで、マチルダ」


「はい、ノエイン様」


 寝転がったままノエインが手を広げると、マチルダは甘えるような表情で彼の胸に飛び込む。


「これでお金の心配はなくなった。もっと領地を発展させて、マチルダにも今日の昼食みたいないい料理を毎日食べさせてあげられるようにするね」


「ありがとうございますノエイン様。ですが私はあなた様のお傍に置いていただければ、それだけで至高の幸せを感じられます」


「あはは、そっか。ありがとう……これからも一緒にいようね、マチルダ」


「もちろんです。私は何があろうとノエイン様のお傍におります」


 その夜ももちろんベッドは1つしか使わなかった。

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