第24話 軌道に乗る

 鉱山の採掘と言っても、ただ岩山をがむしゃらに掘っていけばいいというわけではない。押さえるべきコツもあれば、気をつけるべき注意事項もある。


 最も怖いのが崩落だ。坑道そのものが潰れるような大規模崩落はもちろん、天井部分が軽く崩れて落ちてきただけでも頭に当たれば死にかねない。


 だからこそノエインはケーニッツ子爵から鉱山技師を紹介してもらうことにしたのだ。小規模な採掘とはいえ、素人判断だけで掘り進めるのは大きな危険を伴う。そんな危うい環境で領民を作業に従事させるわけにはいかない。


 ケーニッツ子爵と会談したおよそ1週間後には、子爵の紹介による鉱山技師の一行がアールクヴィスト領の居住地へとやって来た。


 体格のいい中年のドワーフを先頭に、こちらも体格のいい普人と獅子人の青年が1人ずつ後ろに続く。ドワーフはノエインの前に進み出ると、本人であることを証明するために子爵家の封蝋が押された書状を差し出しながら名乗った。


「ケーニッツ子爵閣下から紹介されて来ました、鉱山技師のヴィクターと言います。後ろの2人は手伝いのために連れてきました。普人の方が弟子で、獅子人の方が奴隷です」


「このアールクヴィスト領を治めるノエイン・アールクヴィスト士爵です。このような田舎まで来てくれてありがとうございます」


「いえ、これも仕事ですから」


 言葉少なではあるが、険はない口調と表情でそう言うヴィクター。


「領民への鉱脈採掘の指導をしてほしいと聞いてますが?」


「はい。採掘自体は小規模に進めていく予定ですが、それでも採掘を続けるうちに坑道はある程度の深さになっていくと思います。私たちでは崩落を防止する技術も知識もないものですから……」


「分かりました。小規模の採掘なら、崩落防止のための坑木を設置していく程度でしょう。指導はそう難しくないと思います」


 ノエインも坑道の崩落防止に坑木を添えるということは知っているが、どう木材を組んでどう坑道を支えるかの知識がないのが最大の問題だった。それこそが技師の彼らに指導してほしかった点であり、その指導がそれほど難しくないというのは嬉しい情報だ。


「それは良かった。レスティオ山地の方に滞在用のキャンプ地を確保してますので、明日出発してもらいたい。案内や領民たちの監督はこの従士長のユーリが行います」


 そう言ってノエインは横に立っていたユーリを指した。それを受けてユーリが頭を下げ、ヴィクターも礼を返す。


 その後は契約に関する詳しい条件や内容をあらためて話し合って確認し、翌日にはユーリの案内を受けてヴィクターたち一行と、最初に鉱脈の採掘作業に就く領民たちが北へと出発していった。


・・・・・


 ラピスラズリ鉱脈の採掘と原石のマイルズ商会への卸しが始まり、アールクヴィスト領は一気に発展の軌道に乗った。


 何せ、毎月ラピスラズリ原石1トン分、120万レブロもの大金が舞い込むのだ。これまで我慢していたことを、資金の心配なく進められるようになった。


 まずノエインが真っ先に行ったのは、自身の屋敷をはじめとした領内の家屋の建設。マイルズ商会のベネディクトを頼ってケーニッツ子爵領でも大手の建設業商会を紹介してもらい、そこへ全世帯分の家の建設を注文した。


 こうした大口の取引では代金の半分を前払いし、残り半分を後払いするのが通常だが、ラピスラズリ原石の初月の売上120万レブロを全て前金の支払いに充てるという迅速さだ。


 これはできる限り早くちゃんとした家を建てたいという理由以外に、「現金を手元に残しすぎない」という目的もある。


 アールクヴィスト領でラピスラズリの鉱脈が見つかり、原石がケーニッツ子爵領へと卸されて大きな利益を生んでいるという話は、遅かれ早かれ王国北西部の一帯に広まるだろう。


 そうすれば「アールクヴィスト領には大量の現金がある」と思われて、泥棒や、下手をすれば大規模な盗賊がやってくる可能性もある。


 なのでノエインは初月の利益を全て手放して家の注文を済ませ、「アールクヴィスト領は建設ラッシュで大量の現金を放出している」という話が広まるようにした。建設資材や大工の動きを見ていれば、商人たちなら自然と気づくことだ。


 アールクヴィスト領の現金が「家」という動かしようのない資産へとかたちを変えてしまったことが広まれば、良からぬ輩がやって来る可能性も大幅に下がるだろう。


 建設業商会への注文から間もなく、大工や労働者が十数人アールクヴィスト領へとやって来た。


 彼らに加えて、領民の男たちの中からも手の空いている者が人夫として建設に参加する。これは居住地を囲む柵の設置や道の整備といった賦役と同じで、労働と引き換えに領民に食料を現物支給するための措置だ。


 これまでは畑とテントしかなかった居住地に、家の土台が建ち、骨組みが建ち、レンガが積まれ、少しずつ建物のかたちが浮かび上がってきた。


 最初に建てられているのは、ノエインの屋敷。「新たな故郷を与えてくれた領主様にこれ以上テント暮らしをさせるわけにはいかない」という領民たちの満場一致の声によって、屋敷の建設が最優先で進んでいる。


「凄いペースですね。あと数週間もあれば完成してしまうんじゃないですか?」


 着々と建物のかたちになっていく建設現場を見上げながらノエインがそう言うと、この建設の責任者である親方・ドミトリが隣で答えた。


「士爵様が領民たちを人夫として貸してくれやしたからね。思ってたより作業員の頭数を確保できたんで、一気に作業を進められてますぜ。それに木材が大量に現地にあったのもでかいです」


 山のような筋肉と日に焼けた浅黒い肌が印象的な偉丈夫の彼は、犬系の獣人だ。


 どこか大型の闘犬を思わせる風貌で、その恵まれた体格や現場作業で培った経験を活かして出世してきた叩き上げ。獣人という社会的に不利な種族でありながら、確かな実力を以て大手の建設業商会の幹部にまでなった人物だという。


 彼をリーダーに職人たちが働き、建設現場は驚くべき速さで家のかたちを成してきていた。


 屋敷の建設の進捗を見て満足したノエインは、あまりドミトリに話しかけて作業の邪魔をしても悪いのでその場を後にする。


 次に見回ったのは、領民たちの畑だ。


「やあエドガー。農作業は順調?」


「ああ、ノエイン様。もちろん順調です。これもノエイン様から与えていただいた農地の土質がいいからこそです」


 農地の手入れに精を出していたエドガーに声をかけると、彼は上機嫌でそう答える。


「それにこのジャガイモという作物、育つのが早いですね。賦役の報酬でいただいたものを食べてみましたが、味も腹持ちも良くて……こんな作物があったなんて、夢のようですよ」


 現在は8月の終わり頃。エドガーたち元難民の畑でも秋植えのジャガイモの栽培が行われており、順調に芽が出ていた。


「ジャガイモはロードベルク王国ではまだほとんど知られてないからね。このアールクヴィスト領から王国内に広めていければと思ってるよ。パンを作れる小麦には代えられないけど、上手く広まれば国全体の食糧事情が改善されて餓える人を減らせるだろうからね」


 他領に出荷できるほどの生産量になるにはもう少し時間がかかるだろうが、いずれジャガイモはこの国の農業を大きく変えるだろうとノエインは考えている。


「そこまで考えておられるとは……ノエイン様はやはり素晴らしい領主様です」


「あはは、ありがとう」


 領民の幸せはもちろん、この国の食糧事情が安定した方が経済面や治安面でも得が多いって理由もあるんだけどね……という言葉は飲み込み、笑顔でエドガーに返事をするノエイン。


 ここでもあまり話しかけてエドガーの邪魔をしては悪いので、適当に雑談を切り上げてその場を離れた。

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