第15話 難民たちとの出会い

 レトヴィクの西門詰所の兵士たちには既に顔を覚えられているので、いつもは名乗るまでもなく通してもらえるが、今日は兵士から呼び止められてしまった。


「アールクヴィスト士爵閣下。ケーニッツ閣下がお会いしたいと仰っております。案内の者をつけますので子爵家の屋敷に向かわれてください」


「……分かりました」


 何の用だろう、と内心で思いながらノエインはそう答え、兵士の一人に案内されるままにケーニッツ子爵の屋敷へと向かった。


 子爵に会うのは3か月と少し前、レトヴィクにたどり着いたときに挨拶に訪れて以来だ。


 テント住まいのノエインとは比べ物にならない、貴族然とした立派な屋敷の中の応接室に通される。ソファに座ったノエインの斜め後ろには、護衛兼従者としてマチルダが控えていた。


 ほどなくしてケーニッツ子爵も応接室に入ってきたので、ノエインは立ち上がる。


「お久しぶりです、ケーニッツ子爵閣下」


「ああ、アールクヴィスト卿。貴殿も元気そうで何よりだ。開拓も順調に進んでいると聞いているが?」


「私も王国貴族の端くれでありますので、若輩の身ですが微力を尽くしております」


 やっぱりこちらの状況くらいは探られているか、と思いながらノエインはケーニッツ子爵に返事をした。


 レトヴィクに定期的に買い出しに来て、住民たちに愛想を振りまきつつ領民が増えたことも話しているのだ。領主であるケーニッツ子爵が少し情報を集めれば、ノエインが開拓を一応は軌道に乗せていることも容易に分かるだろう。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「ああ、実はな……」


 ケーニッツ子爵はノエインに、先日レトヴィクにたどり着いた24人もの難民の話をした。


「なるほど。それで私の領にその難民たちを受け入れないか、というお話でしょうか」


「ああ、理解が早くて助かる」


「いきなり大勢の難民をレトヴィクで受け入れるというのも、住民の感情を考えると難しいこととお察しします。その点、私の領は民を必要としていますので、利害の一致が叶って喜ばしく思います。ぜひ受け入れさせていただければと」


 にこやかな表情のノエインを見ながら、小賢しいな、とアルノルドは考える。


 できることなら「領民不足のお前に人をくれてやる」と恩を着せて貸しを作りたかったが、あくまで「利害の一致による難民の受け渡し」であることを強調してきた。こちらが難民の扱いに手を焼いているのを分かっているのだろう。


 簡単に借りを抱えるつもりはないということか。


 それでいて「難民の扱いにお困りでしょうからこちらで引き取ってあげましょう」などと下手に優勢に立とうとはしない。弱小領主である自身の分をわきまえ、こちらと争う意思は見せないあたりがまた可愛げがあるのやらないのやら。


 いきなり20人以上もの難民を森の開拓地で受け入れる余裕があるのかは疑問も残るが、こいつは既に「受け入れる」と明言したのだ。後はアールクヴィスト領内で難民もろとも飢えようが、こちらは知ったことではない。


「お互いに得のある話し合いができて嬉しく思うよ。難民たちは南門の外でキャンプを張らせ、教会が炊き出しなどの援助を行っている。すぐに案内させよう」


「はい。ありがとうございます」


 表向きは笑顔で、2人の領主はそう言って話し合いを締めた。


・・・・・


 ノエインは屋敷を出ると、新たに難民を受け入れることになったとペンスとマイにも説明し、先に買い出しを済ませて西門で待っておくよう伝えて別れる。


 自身はマチルダを連れて、子爵家の領軍兵士に案内されて南門へと向かった。


 門を出ると、門から少し離れたところ、街を囲む壁の外に張りつくようにしてテントがいくつか立っていた。


 都市の周辺ともなれば魔物が出ることは滅多にないし、この距離ならば何かあっても街の中にすぐ逃げ込めるので文句も出なかったのだろう。


 と、こちらに気づいた難民たちが、間近まで押し寄せてきた。飛びかかって縋りつかんばかりの勢いだ。


「ノエイン様っ!」と咄嗟にマチルダが庇うように前に出て、案内の兵士も「お前ら下がらんか! 貴族様を相手に無礼だろう!」と難民たちに怒鳴る。


 難民たちの目は明らかにノエインを見ている。ノエインのことを知っている様子だ。既に「隣領の若い貴族が難民を受け入れるかもしれない」とでも話が通っていたのだろうか。


 ノエインは「大丈夫だよ」とマチルダに声をかけて自分の後ろに下がらせ、難民たちに向かい合う。


「代表者は誰?」


 と聞くと、一人の男が進み出てきた。年は20代後半から30代前半ほどだろうか。


「私です。エドガーと申します、アールクヴィスト士爵閣下」


 僕の名前まで勝手に教えてやがったのかよ、とノエインは心の中でケーニッツ子爵に毒づく。ノエインが難民を受け入れると明言してもいないうちからあてにしすぎだろう。


「君たちはここの南からやって来たと聞いているけど、詳しい事情を直接聞きたい」


「はい、私たちはここから真南、ランセル王国との国境付近の開拓村に住んでいました。ベゼル大森林の南端です」


「……ああ、あのへんか。村を追われたのは紛争で?」


「はい。私は若い村民たちを連れて村を脱出するよう命じられ、受け入れてもらえる領を探すうちにこのレトヴィクへたどり着きました」


 ベゼル大森林は南へ行くほど細くなり、やがてロードベルク王国とランセル王国は平原で領土を接する。そこが数年前から紛争地帯になっていることはノエインも知っていた。


 彼らはそれに巻き込まれて故郷を追われたということか、と難民たちを見回す。


「若い村民を連れて脱出した」という言葉通り、上はせいぜい30代、下は10歳ほどの子どもまでいる。皆痩せているが、教会による炊き出しがあるからか今は命を危うくするほど衰弱はしていない様子だった、


「小さい子どもがいないね」


「……幼い子ども連れの母親だけは何人か途中の街で受け入れてもらえた者もいます。長期間の移動や野宿、飢えに耐えられず死んだ者も多いですが。大人も体が弱い者から死にました。村を出たときは50人以上いましたが、ここまでたどり着けたのはこれだけです」


 そう言いながら、エドガーは握りしめた拳を震わせる。難民たちを率いる立場の者として責任を感じているのか。


 胸糞悪い話だ。村を襲って農民を困窮させて何が楽しいんだか。


 そう内心で毒づきながら、ノエインはできるだけ優しげな表情を作った。


「そうか、それは辛かっただろう。幸い、僕の領地なら君たちを受け入れることができる。ぜひうちの領民として、新たな人生を始めてほしい」


 その言葉を聞いて目を見開くエドガー。彼の後ろで話を聞いていた難民たちの間にもどよめきが起こった。


「ほ、本当によろしいのですか……」


「ああ。君たちの体力が大丈夫なら、明日にもうちの領へ出発しよう。どうだい?」


「も、もちろんです。明日すぐにでも出発できるよう準備を整えます。ありがとうございます。アールクヴィスト士爵閣下」


 口々に礼を言いながら頭を下げる難民たちの前で、一人だけ整った姿勢で片膝をついて礼をするエドガー。その動きは、ただの一農民としてはかなり様になっていた。貴族に対する応対への慣れを感じさせる。


「君は貴族と話すのに慣れているみたいだけど、村でも高い身分だったの?」


「父が村長をしており、私も継嗣として貴族の方への礼儀を教わっておりました。父はランセル王国の兵に抵抗して時間稼ぎをするために死んだかと思いますが」


「そうか。君たち若者を逃がし、生かす決断をしたお父上の勇敢さに敬意を表するよ」


「……はっ、慈悲深いお言葉に感謝申し上げます」


 エドガーは声を震わせながらそう答えた。

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