第14話 2人の領主の思案

 ケーニッツ子爵家の当主アルノルド・ケーニッツが屋敷の執務室で書類仕事を行っていると、領軍の兵士が報告を持ってきた。


「閣下、執務中に失礼いたします。南門にて難民の集団が街に入れてほしいと歎願を述べており、我々の一存で入れるにはいささか多い人数であるため、閣下のご指示をいただければと報告に参りました」


「人数はどの程度だ?」


「数えたところ、24人です」


「……多いな。どこからだ?」


「ここから南、ランセル王国との国境付近の村から来たと述べております」


「そうか」


 面倒なことだ、とアルノルドは思う。


 ケーニッツ子爵領の領都レトヴィクは、王国北西の最果ての街だ。行き場を失くした難民が他の領地をたらい回しにされた結果、ここへ流れ着いてくることも多い。


 ここがまだ発展途上だった頃はそうした難民を積極的に受け入れることで大きくなっていったという過去もあるが、都市としてそれなりに安定した今は、考えなしに難民を受け入れ続けるわけにはいかない。


 無秩序な難民の流入は治安の悪化につながる。浮浪者にでもなられて、スラムでも作られては困るのだ。


 かといって、難民の全てを無下に追い返すとそれはそれでまた問題が起こる。


 難民たちは行き場を失くした果てにケーニッツ子爵領へと流れつくのだ。そこでも受け入れられないとなれば、最後の選択肢として盗賊落ちすることもあり得る。


 領内の街道に盗賊が溢れるようなことになれば、それはそれで一大事だ。


 だからこそアルノルドは、教会へ少なくない額の寄付を続け、炊き出しなどの支援を行って難民への対応に苦心してきた。


「ここ1年ほどで難民の数が増えているようだな」


 各門の詰所からの報告は毎月確認しているが、いくらレトヴィクが王国の果てにあるとはいえ、最近は流れ着く難民の数が目に見えて増えていた。


「西のランセル王国との紛争が激化し、この王国西部の治安や経済が悪化していると聞きます。その影響かと」


 そんなことは言われなくとも分かっている、と内心で毒づきながらも、アルノルドは対応を考える。


 20人以上もの難民を受け入れる前例を簡単に作るわけにはいかない。「俺たちの税をどこの人間とも知れない難民を食わせるために使うのか」と領民の感情も悪くするだろう。


 とはいえ、20人規模の盗賊団が領内に生まれる事態も避けたい。さてどうするか。


「……あの者が利用できるか」


「は?」


「いや、こっちの話だ」


 アルノルドは3か月ほど前に挨拶に来た若者を思い出した。


 ノエイン・アールクヴィスト士爵。ケーニッツ子爵領の西隣、ベゼル大森林の一片を領地として賜ったという名ばかり貴族だ。


 成人したての小僧が、獣人の奴隷とやたら器用に動くゴーレムだけを連れてベゼル大森林を開拓すると言いに来たときは心の中で失笑した。


 が、その後の「森の士爵様」の評判を探ってみると、どうやら森の中に一応は居住地らしきものを築いてそれなりにやっているらしい。


 思い返せば、軽薄そうな笑みを浮かべた小賢しげな小僧ではあったものの、確かに馬鹿ではなさそうだった。少なくとも彼の父親よりは。


 ケーニッツ子爵領と接するベゼル大森林の一帯がキヴィレフト伯爵に飛び地として与えられたという話は、隣領の領主であるアルノルドも当然聞いていた。


 当代キヴィレフト伯爵といえば、正妻を迎える前から使用人を孕ませて妾を迎えたという醜聞で知られた男だ。


 その醜聞が広まったのがおよそ15、6年前。そして今になって、キヴィレフト伯爵に与えられたはずの森と士爵位を受け継いで現れた青年。


 あのノエインという若者がキヴィレフト伯爵の妾の子なのだろうということは簡単に予想がつく。


「難民たちをレトヴィクで受け入れることは許可できんが、一時的に門の周辺に滞在することは許すと伝えろ。貰い手を探してやるともな。教会にも伝達して食事と毛布の手配をしてやれ」


「かしこまりました」


 兵士が退出した後、アルノルドは椅子の背もたれに体を預けて思案する。


 アールクヴィスト士爵は移住してくれる領民を求めているはずだ。そしてケーニッツ子爵領は難民に手を焼いている。


 上手くやれば、難民をそのまま西に流すだけで、新たな隣人貴族となった若者に恩を売れるかもしれん。


・・・・・


「そろそろ獣道じゃなくてちゃんとした街道を整備したいなあ」


 レトヴィクへの道すがら、ノエインはそんな言葉をこぼしていた。


 ユーリたちという領民ができてからも、ノエインは自ら先頭に立ってレトヴィクへの買い出しを続けている。


 その裏には荷馬車を引くゴーレムを操作しなければいけない事情と、レトヴィクの住民たちになるべく顔を売って仲良くしておきたいという理由があった。


 今回の往復のメンバーは、ノエインとマチルダ、それにペンスとマイだ。


「そういえば、どうして森の端から切り開かずにわざわざ森の中に居住地を作ったんでさあ?」


「森の端がそのままケーニッツ子爵領との領境になってるからね。森を端から削ったら自分の領地が減っちゃうんだよ」


 いずれケーニッツ子爵と話し合ったうえで正式な領境を決めることになるだろうが、現時点では「ベゼル大森林の始まりの部分からがアールクヴィスト領」となっている。


 森を端から切っていけば、自分で自分の領地を狭めることになってしまう。だからこそノエインは森の中にある程度入り込んだ場所に居住地を作ったのだ。


「領境の決め方がそれで大丈夫なんですか? ケーニッツ子爵の方が森を切り崩し始めたら……」


 心配そうに聞くマイに、ノエインは「それは大丈夫だよ」と返した。


「うちみたいな村とも呼べない小領のために、莫大な費用をかけてベゼル大森林を切り開くなんてケーニッツ子爵にもメリットは皆無だからね」


 仮にこの先アールクヴィスト領が順調に発展して大きな富を生むようになったとしても、「ベゼル大森林を端から全て切り開く」などという非効率な方法で侵略していては得られる利益とかかるコストが絶対に見合わなくなる。


 それよりも、アールクヴィスト領と経済的な結びつきを強めて潤う方がケーニッツ子爵としてはよほど美味しいはず。


 なので、少なくとも当分は「大森林の端からがアールクヴィスト領」というあいまいな領境の定め方で問題ない。やや微妙なバランスの上に成り立ってはいるものの、今のところアールクヴィスト領は安全だ。


 そういった事情をノエインは皆に説明してやった。


「さすがノエイン様です。明快で素晴らしいご判断です」


「……そんな面倒くせえことをごちゃごちゃ考えねえといけねえなんて、貴族様ってのは大変そうでさあ」


「ほんと、傭兵の下っ端や自作農をやってる方がよっぽど気楽ですね」


 いつもの如くノエインを全肯定するマチルダとは打って変わって、ややこしい話にげんなりとした様子を見せるペンスとマイ。


「領主なんて誰でも自分の領の利益が第一だからね。足元掬われる隙を作らないようにしっかり考えておかないと」


 むしろ、隙があればこっちが足元を掬ってやるくらいのつもりでいかないとね、という言葉は内心に飲み込み、ノエインは不穏な笑みを浮かべた。

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