第4話 初めての農作業と伐採と魔物狩り

 ロードベルク王国民は10歳になると教会で「祝福の儀」を受けるが、そのときに魔法の才を授かるのはおよそ20人に1人と言われている。


 多くの者は種火を起こしたりコップ一杯の水を生み出したりする程度の才しか持たないが、なかには強力な魔法を使いこなし「魔法使い」と呼ばれるほどの者もいる。


 優秀な魔法使いは出世し、貴族に名を連ねて血を混じらせることが多いためか、才を授かる割合は貴族ほど高く、貧民ほど低い。


 ノエインが授かった「傀儡魔法の才」は、何も授からないよりはよほどいいが、貴族としてはあまり喜ばれるようなものではなかった。


 もしも彼が授かったのが火魔法や水魔法、治癒魔法など分かりやすく強力な才であれば、あるいは彼の伯爵家での扱いも違ったものになったかもしれない。


 傀儡魔法は文字通り、人形を意識のままに操る魔法。一般的には大柄な木製人形に魔法紋様を刻んだ「ゴーレム」を操る魔法として認識されている。


 ただしその欠点として「扱いが極端に難しい」という点が挙げられる。


 普通は、ゴーレムにはそれほど複雑な動作はできない。せいぜい重い荷物を担がせたり、戦場で盾代わりにする程度の使い道しかない。


 膨大な修練を積めば人間のような複雑でスムーズな動きをさせられるだろうが、そんな修練を積める傀儡魔法使いはよほどの暇人だけだろう。


 そして、ノエインにはその「よほどの暇」があった。


 10歳になって自分の才を知り、父から与えられる小遣いを貯めてゴーレムを買った(木製のゴーレムは貴族の金銭感覚ではそれほど高価ではない)ノエインは、ゴーレム操作の習熟のために長い長い時間を費やした。


 そのおかげもあって今、15歳になったノエインの前では、2体のゴーレムが「人間のように鍬を握って土を掘り返し、畑を耕す」という普通ならあり得ない複雑な動作をこなしている。


「さすがは人間の手つかずの森の中だ。土が肥えているね。これならいい畑になるだろう」


「土質を見抜く知識もお持ちとは、さすがはノエイン様です」


 ぶっちゃけノエインも土の良し悪しなんて分からないので適当に言っている。本で読んだ知識と何となくの見た目だけで喋っている。


 そして、マチルダはどうせ彼が何を言っても褒める。


 そんな素人同士での不安定な開拓を、それでも2人は楽しんでいた。


・・・・・


「さて、マチルダ。一応は畑らしきものができた」


「はい、ノエイン様。次はこの……ジャガイモという作物を植えるのでしょうか?」


 そう言いながらマチルダが見つめているのは、植物の茎が丸々と太ってしまったような、黄緑色の塊だ。


「そうだよ。これはロードベルク王国では花の観賞用に輸入されているだけだけど、その真価は食料としての有用性にある。南方大陸の農業指南書に栽培方法と食べ方が書いてあったんだ」


 ジャガイモの真価を本で知っていたノエインは、父の領地を出る前に港近くの市場に寄って、わざわざ買い求めたのだった。これもキヴィレフト伯爵領が海に面して港を持ち、南方との貿易拠点になっていたからこその幸運である。


「なるほど。麦ではなくあえてこの不思議な作物を最初の栽培に選ばれたということは、きっと私には分からない理由がおありなのだと思います」


 マチルダの言うように、ジャガイモはその存在を知らない者にとっては奇妙な見た目をしている。


 1か月以上前に市場で買ったときはもっと黄色くてツヤツヤした見た目だったはずが、今ではやや緑がかって、おまけにニョキニョキと芽が伸び始めていた。


 これが作物だと知らなければ、はっきり言ってグロテスクな謎の物体にしか見えないだろう。


「その通りだよマチルダ。この国ではほとんど知られていないけど、ジャガイモは南方のとある国では『救国の作物』と呼ばれているらしい。簡単に育ち、簡単に増える。おまけに栄養も豊富。僕たちの開拓のお供にはぴったりだ」


 とはいえ、ノエインもまだ知識の上でしかジャガイモを知らないのだが。


「素晴らしいですね。そのような作物に目を留められるとは、さすがはノエイン様です」


 ノエインの指示に従い、マチルダはこのジャガイモという作物をナイフで切っていく。


 それを、ノエインはゴーレムに掘らせた畝に等間隔で植えた。


 これで水をやれば、それぞれの断片からジャガイモがいくつも生えてくるのだという。


「ひとまずこの畑への作付けは終わりだ。アールクヴィスト領で最初の農地の誕生だね」


「記念すべき農地ですね、ノエイン様」


・・・・・


 5m四方ほどの小さな畑への作付けを終え、ノエインは早速次の作業に取りかかっていた。とはいえ、働くのはゴーレムだが。


 まずは農地の開墾に使える平地がないと何も始まらない。なので、ノエインはゴーレムに鉄斧を握らせ、木を切り倒させていた。


 2mを超える巨躯とそれに見合った重量を持つゴーレムの、全身を使った一撃。それによって木の幹にはどんどん深く切れ込みが入り、やがてあらかじめ受け口を作っておいた方向へと倒れる。


 ゴーレムのおかげで、一本の木を切り倒すのにかかる時間は人間によるそれよりも遥かに短かった。


 さらに切り倒した木を一定の長さに割り、枝打ちをしていく。


「傀儡魔法使いでよかったなあ……手から火を吹いたり水を吹いたりするよりもよほど汎用性が高いね」


 そう独り言ちるノエイン。


 ゴーレムを2体同時に操り、それぞれにこのような細かい作業をさせるなど、ロードベルク王国広しと言えど可能なのは彼くらいであろう。


 ノエインの器用さを以てすれば、農作業から森の伐採、木材の加工、さらにその気になれば戦闘までゴーレムに任せることができるのだ。他の有名どころの魔法のような派手さはないが、「辺境を開拓する」という彼のような立場の者にとってはうってつけの力だろう。


「……!」


 と、そこでマチルダの耳がピクッと動く。


「ノエイン様、何かが近づいてきます。おそらく魔物かと」


「そっか。まあこれだけ大きな音を立てたら気づかれるよねえ」


 ここは人の手が入っていない森だ。当然魔物もいるだろう。


 ノエインはゴーレムに木の枝打ちを止めさせると、自分とマチルダの盾になるように、マチルダが指し示す方向に立たせた。


「ノエイン様、大した魔物じゃなかった場合、私が練習がてら相手をしてもよろしいでしょうか?」


「……いいよ。大した魔物じゃなかったときだけね。愛するマチルダに死なれたら困る」


「!? かしこまりました」


「愛するマチルダ」と聞いて赤くなる顔を見せないようにノエインの前に立ったマチルダ。彼女の正面に、察知した気配の正体が近づいてくる。


 ガサガサと茂みを揺らして飛び出してきたのは――体長およそ1m弱、兎をそのまま巨大化させたような魔物・グラトニーラビットだった。


 普通の兎に比べると足がやや長く、その牙は鋭く、やたらと好戦的で植物も肉も何でも食らう。


 それでも、魔物の中では最弱クラスと言っていいほどに弱い。


「やります」


「いいよ」


 短いやり取りでノエインの許可をとったマチルダは、兎人としての脚力を活かし、バネのように跳ぶ。


 同じく跳んで突っ込んできたグラトニーラビットに、マチルダは回し蹴りを叩き込んだ。


 彼女が装備しているのは、踵から爪先までが長い兎人の足に合わせた、サンダルのような履物の先に鉄製の刃をつけた戦闘靴。


 跳躍の勢いと体重の乗った回し蹴りがグラトニーラビットの顔に直撃し、鉄製の刃がその頭蓋骨を一撃で砕いた。


 あっけなく絶命して地面に落ちるグラトニーラビット。


「……やりましたっ、ノエイン様」


 普段は表情を動かさない彼女にしては珍しく、弾むような笑顔で主の方を振り向く。魔物相手の初めての実戦を綺麗に終わらせたのがよほど嬉しく、誇らしかったらしい。


「うん。しっかり見ていたよマチルダ。見事だった。偉いね。えらいえらい」


 可愛い笑顔を見せるマチルダにそう言って近づき、自分よりも背が高い彼女の頭を撫でる。撫でる。撫でる。撫でる。


「あ、あうぅ、あの、ノエインさま……」


「えらいよマチルダ。君は僕の誇りだ。えらいえらい」


 そう、彼女はノエインの誇り。自慢の従者。


 そんな彼女が初陣を見事に終えたから褒美として称賛を与えているだけだ。


 決して彼女の振り向いた顔があまりにも可愛かったので真っ赤になって照れるまで愛でてやろうといたずら心を発揮させたわけではない。


「あの、ノエインさま、獲物の血抜きと解体をしなければ……」


 普段のクールさが嘘のように、すっかり純朴な乙女になってしまったマチルダが言う。確かに、そろそろ仕事に戻るべきだろう。

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