【任意の言語】

澄岡京樹

【任意のサブタイトル】

【任意の言語】




「【任意の名詞】なんだけどさー」

「は?」


 開口一番コレである。海老名えびなのやつ、何を言ってるんだろうか。彼女とは中学から大学に至るそこそこ長い付き合いだが、何言ってんのか分からない流れで会話が始まるのは今回が初だった。


「は? じゃなくって〜、明美あけみ〜アレだってアレ。【任意の名詞】のことだって〜〜」

「いやマジで何言ってんの?」

「だから〜〜【任意の名詞】が【任意の動詞】してる時にさー、私その時【任意の形容詞】って感じだったわけでさ〜」

「ちょ、ちょっと海老名? ホントにどうしちゃったの?」


 おかしい。何か変だ。海老名が言っていることの意味が何一つ読み取れない。この例えが適切かは何ともだけど、『知らない英単語が複数出てきた時の英文』とでも形容すべきか……。とにかくそんな感じだった。


「どうもしてないってば。もー明美ってば【任意の熟語】だな〜〜」

「ちょっとごめん! 急用あるの忘れてた!!」

 そうでっち上げて私は急いであるところへ走った。一応、現状に関して相談できそうな相手に心当たりがあったのだ。……それはそれとして——


「え〜【任意の代名詞】じゃん。【任意の名詞】なんて【任意の動詞】なかったじゃ〜〜ん、もー」


 ——背後から聞こえてくる意味不明な言語の羅列。それから逃げ出したかった事もまた事実だった。



 文学部の研究棟。その一室に私は来ていた。言語学に関して私が師事している進堂教授へ助けを請うたのだ。普段ならやや超常的な現象にも的確な対処法を教えてくれる進堂教授だったのだが——


「……月峰さん。これはダメですね」

「え——」


 どうして——そう私が困惑全開で叫ぶことなど予想通りだったのか、彼はすぐさま口にした。


「海老名さんは超えてしまったんです……人類文明領域我々の常識を」

「そ——っそれはどういう、」

「通常、人が認識できる領域を超えてしまった——そう言う他ありません。今彼女は全てを理解し、全てを為せるようになってしまったのです」


 それはまるで全知全能かのようだ。そんな存在に、海老名はなってしまったのか? しかし一体どうして——


「理由はわかりません。ですが我々が理解できる領域というのは、思っているより簡単に領域外とのリンクを持ってしまうのです。怪異の類にも、そういったリンクが出来てしまったことで発生するケースがあります。それらはそもそも我々の世界の話とは繋がりがなく、突拍子もなく突如として発現するのです——今回の、海老名さんのように」

「そんな——じゃあ、海老名は、」

 絶望的な声色で、私はその恐ろしい予測を口にしようとする。けれどその前に——


「ですが海老名さんは自我を保っています。彼女の人格は、平然とこれまで通り。ですから、いずれは制御できるようになるかもしれません。……その、【任意の言語】とやらを」


 それは希望と呼べるのだろうか。それは解決の糸口と言えるのだろうか。私にはわからない。けれど、けれど——海老名があの奇妙な言語を操れるようになったとしたら——その姿を幻視すると、不謹慎ながら、私は少しゾクリとした嫌な期待感を抱かずにはいられなかった。



【任意の言語】、了。

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【任意の言語】 澄岡京樹 @TapiokanotC

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