その4



        2 エイプリル・バイロン




「あのときは、私も本当に油断していたんですよ。まさか、勇者たちがこの城の開錠の呪文を知っていたなんて、夢にも思っていませんでしたし。――そういえば、勇者の皆様のお仲間に、元盗賊業ってお方がいましたね。あの方がハッキングしたんでしょうか」


 驚いて聞く私たちに、特に恨みにも思っていない調子でシルヴィア様が説明をはじめました。ハッキングという言葉がよくわかりませんでしたが。


「それで、気がついたときには大勢に乗り込まれていて。どこからともなく現れた商人軍団もいらっしゃってましたね。しかも、ちょうど魔族の部隊はみんな外に出陣していたので、私しかいなくて。こりゃまずいと思って戦ったんですけど、駄目でした。もう完全に数の暴力で。本能寺の変で不覚をとった信長さんも、あんな気分だったんでしょうね。しかも勇者の皆様は、カシナート工房で特注したプラズマジェノサイドソードとか、天界でスペシャルにグレードアップさせた、聖剣エックスカリバーとかワイカリバーとかゼットカリバーで全身ハリネズミみたいに武装していまして、それで私は滅多刺しのみじん切りにされたんです」


 ものすごいことを言いはじめました。


「で、そのあと、エンシェントドラゴン部隊の超高熱高圧ブレスで三十日間休みなしで焼き尽くされまして。それから精霊召喚師の皆様が集団でやってきて、イフリートとサラマンダーの一個師団で同じことをやられました。熱かったですね。魔導強化されていたはずの魔王城の岩壁が溶けるどころか、蒸発して一部なくなったくらいですから。あれ、太陽コロナより温度が高かったかもしれません」


 言いながら、シルヴィア様が自分の右手を上げて、人差し指と親指で小さな輪をつくりました。


「それで私、燃え尽きて、これくらいのサイズの灰になっちゃったんです。まあ、一応は意識があったんですけど」


「――それでも意識があったんですか?」


「ええ。何しろ魔王でしたから。で、しょうがないから、私はそのまま死んだふりをしていたんですよ。その状態で百年くらいほうっておいてくれれば再生して元に戻るだろうと思っていたんですけど、それがそうもいかなくて。どうしてかっていうと、屈強な神官戦士の方々が綺麗に掃き掃除をして、私の灰を残らず回収したんです。それで、祝福や洗礼の儀式に五百回使いまわしたっていう、すごいんだか古いんだかよくわからない、強烈な濃度の聖水に漬けこんで、ミスリル銀の壺に詰めて都に運んでいったんですよ」


「――ああ、だから、あの魔王城に、魔王様の魂は存在しなかったのですね」


 これはアーサー様の言葉でした。シルヴィア様が笑顔でうなずきます。


「その通りです。で、そのあと、どうするのかと思って見ていたら、大聖堂の中央で聖水漬けのまま封印されまして。しかも、さっき言った神官戦士の皆様が何百人もいらっしゃって、やっぱり、スーパーカスタム化されて通常の五百倍以上の効果があるっていう、ものすごい退魔儀式をはじめたんですよ。あと、聖書とか十字架とか塩とか塩酸とかを振りまいてのハイパー清めの儀式も。それも、朝、昼、晩と、一日に三回。――確か、魔王だった私が倒されたあとも、残された魔王軍がかなり悪あがきをして、きちんと休戦協定が結ばれるまで十年くらいかかってますから、その間、ずーっとそれをやられたことになりますね」


 シルヴィア様の説明に、私の横を歩いていたエイブラハム様が眉をひそめました。私もです。私たちがそんなことをやられたら、もう二度と復活できないでしょう。


「で、さすがに私も気が遠くなりまして。次に目が覚めたら女神の眷属になってました」


 それでも復活できたのは、魔王様ならではです。それはいいけど、それで天界の側になった!?


「ああ、まあ、驚くのは仕方がないと思いますよ」


 私の考えを読んだらしく、シルヴィア様が笑顔をむけてきました。


「ただ、これは言っておきますけど、あれだけ派手に浄化されたら、私だって聖なる存在に生まれ変わりますよ。人間からすれば、魔王なんて恐ろしい存在でしかありませんから、二度と復活しないように徹底的にやったんでしょうけど、あれはいくらなんでもやりすぎましたね。おかげでこんなことになっちゃって」


 笑顔のまま、少し困った感じで言うシルヴィア様でした。ご本人もこうなることを願っていたわけではないようです。


「あと、女体化したのは私も本当に驚きました。これは想像ですけど、かつては破壊してばっかりだったから、今度は新しい生命を育む立場になりなさいなんて、父もお考えになられたんでしょう」

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