その3

「そうだったのですか」


 魔王城をでて、その直後、俺はシルヴィア様からオーガスト様の計画についての説明を受けた。ちなみにオーガスト様はとっくに目を覚まして、俺の近くで直立している。


「俺は、魔王様の魂の依り代として用意されていたのですか」


 親族も同然に思っていたのに。少し残念な気分になりながら、俺はオーガスト様に目をむけた。オーガスト様は俺のことなど完全に無視して、シルヴィア様のほうをむいて固まっている。表情まで凍りついていた。


「あのー」


 シルヴィア様が困ったように苦笑しながらオーガスト様に声をかけた。オーガスト様が、びく! と震え上がる。


「そこまで怖がらなくても。これは私の仕事ですから、このことは上に報告しなくちゃなりませんけど、それ以上は何かしようと思ったりしてませんので安心してください。――そうですね」


 言ってから、シルヴィア様が少しだけ考えた。


「これは命令ではなく、個人的なお願いなんですけど。今後、エイブラハム様の身体を何かに利用しよう、なんて考えるのは控えていただきたいです。エイブラハム様は、いまの時点でも素晴らしい紳士で、そして勇敢な戦士です。魔将軍の家柄を継ぐのにふさわしいと私も思っていますので」


「は! それはもう!」


 直立不動のまま、オーガスト様が叫ぶように返事をした。軍事演習で、上官から命令を受けた新兵のような感じである。こんなオーガスト様ははじめて見るな。そのオーガスト様を見て、シルヴィア様がほほえんだ。


「では、この話はこれで終了ということで。オーガスト様、これ以降は、普段の職務に復帰してくれて構いませんよ」


「承知しました。それでは失礼いたします!!」


 焦点の合わない目をしたままオーガスト様がシルヴィア様に敬礼し、その直後、俺たちの前から姿を消した。あれはシルヴィア様が使っていたのと同じ、時空転移の法だな。俺もこれから練習するとしよう。


「本当に慌てていたんですね」


 オーガスト様が消えたのを確認してから、シルヴィア様が呆れ半分、感心半分といった顔でつぶやいた。


「エイプリル様やエイブラハム様にわかれのあいさつもしないで行っちゃうなんて、まあ、あとで再会すればいいだけなんでしょうけど。さ、皆様、行きますか。放課後は、エイブラハム様とアーサー様の決闘です」


「ああ、それなんですが」


 歩きだしたシルヴィ様の後ろを歩きながら、アーサーが申し訳なさそうに声をかけた。同時に俺のほうをむく。


「すまんが、俺は今回の決闘、辞退させていただく」


「ほう?」


 俺もアーサーのほうをむいた。アーサーも俺から視線を逸らせようとはしない。


「怖気づいたのかと思ったが、そうは見えんな」


「怖気づいたんだ。ただ、これは俺の名誉にかけて言っておこう。俺が恐れたのは、俺自身が傷つくことではない。ほかの人間たちが傷つくことを恐れたのだ」


「妙なことを言うものだな。どういうことか説明してもらおうか」


「思いだしてみるがいい。いまさっき、オーガスト様はシルヴィア様の言葉を聞いた。聞いた以上、君には何もしないだろう。ただ、決闘相手の俺に何もしないとは言ってなかった」


 アーサーが自分の胸に右手をあてながら説明した。俺も思いだしてみる。


「なるほど、そういう話はしてなかったな」


「だから、俺が君と決闘をして怪我をさせた場合、未来の魔将軍を傷つけた報復を名目に、オーガスト様がこちらに攻め込んでくる可能性がある。それこそ休戦協定を無視してな。そうなったら、どれほどの犠牲がでる? 俺は、かつて魔王を倒した勇者の子孫――」


 ここまで言って、急に気まずそうな顔をしながらアーサーがシルヴィア様のほうをむいた。俺もまずいと思ったが、こっちを振りむいたシルヴィア様は笑顔のままだった。


「構いません、お話をつづけてください」


「ありがとうございます。では話をつづけるが、俺は、かつて魔王を倒した勇者の子孫なのだ。そういう立場に生まれたものである以上、ほかの人間に危害が及ぶような真似は避けることを第一に考えなければならん。そのためには、決闘を辞退するという不名誉を甘んじて受ける必要もあるのだ」


「――なるほど、言いたいことはわかった」


 俺は感心した。己の誇りよりも、人民の命を守るために行動する、か。気に入らん男だが、ここは俺も見習うべきだな。この男は前世でも、よほどの騎士道精神を貫いた勇者だった違いない。俺のような成り上がりとは違う。


 そして、それよりも何よりも。


「あ、私のことですか?」


 俺の考えを――それとも、ここにいる全員の考えを読んだのか、相変わらずの調子でシルヴィア様が振り返った。


「べつに気にする必要はないと思いますよ? 生まれ変わるだの、前世がどうだのって話は、皆様、特に珍しくもないでしょうし」


「あのー」


 ここで挙手したのはエイプリルだった。


「ほかの皆様はどうだかわかりませんけど、少なくとも、私は興味があります。私は前世がなかったって言うし。だから、もしよかったら聞かせていただきたいのですが」


「――あ、そうでしたね。エイプリル様は前世がないのでした。まあ、聞きたいというお方がいらっしゃるのでしたら、説明しましょうか」


 考えるように小首をかしげながらシルヴィア様が口を開いた。


「そうですね。あれは前世の私と六大勇者の最後の決戦でしたから、もう五百年も前の話になるんですけど――」

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