その2

「えい!」


 言いながら、ぽんとオーガスト様の頭に当てた。


「うぐう!」


 次の瞬間、オーガスト様がおかしな声を上げて倒れこんだ。あの攻撃でか!? 俺には、持っていた小石を落とした程度にしか見えなかったぞ。俺は幻でも目にしたのか。確認しようと思ってアーサーたちの顔をむけ――このとき、俺はさっきまでの、強圧な魔力と重圧が消え去っていたことに気づいた。


「重力に細工をしまして、空の果てから大きい星を引っ張ってきて、それを落とすっていう術があるんですよ」


 魔力が消え去っているということは、それを発していたオーガスト様が気絶しているということだ。ということは、シルヴィア殿の手刀は、とてつもない重さを持った一撃だったということになる。考える俺を見ながら、シルヴィア殿が説明した。


 それから、少しだけシルヴィア殿がほほえんだ。


「無事に目を覚ましてくれたようですね。私も嬉しいです。――それで、さっきの術の説明ですけど。落とすだけ落としたあとは、ほうっておいても勝手に地表は大騒ぎになって、いろいろ死滅します。昔は私も自分がどれだけできるのか興味がありましてね。それで、ちょっとやったことがあるんですよ。あとで恐竜って名前をつけられた動物さんがたくさんいたんですけど。あれは悪いことをしました」


 なんだか、とんでもないことを言いだした。


「いま思うと、あのとき、オーガスト様は私のやることを見ていたんでしょうね。それで真似しようとしたんでしょう」


「――そんなことができるのか――」


 呆然とつぶやいた俺に、シルヴィア殿があたりまえのようにうなずいた。


「もちろんです。そのための星も、以前から用意してありますし」


「そんなものがどこにあるのだ」


「ちゃんと空の上にあるでしょう。月をなんだと思っていたんですか?」


「――なるほど」


 俺は納得するしかなかった。確かに、あれを落としたら国どころか世界が滅ぶだろう。そして、それを可能にする力の主となると。


「さて、オーガスト様はどうしましょうか」


 俺から目を離し、シルヴィア殿――ではない。シルヴィア様が難しい顔をしながらオーガスト様のほうをむいた。


「待ってくださいシルヴィア様!!」


 ここで駆け寄ったのはエイプリルだった。シルヴィア様とオーガスト様の間に立ち、懇願するように腕を組む。


「お願いです! どうか殺すのだけは! 父が悪事を画策していたことはわかりました。でも、私の父なのです!」


「私からもお願いいたします!」


 俺もシルヴィア様の前に駆け寄った。魔王様に意見するだと? 愚の骨頂だと、俺のなかのもうひとりの俺がとめにかかったが、俺はそれを振り切った。


「何があったのか、事情はわかりませんが、このエイプリルと私は子供の頃からの仲。そしてオーガスト様は魔界の宰相でございます! どうかお慈悲を!!」


「あ、あのー」


 死ぬ覚悟でものを言った俺を見ながら、シルヴィア様が困ったような顔をした。


「おふたりとも、落ち着いて。私はオーガスト様に何もしませんよ。ただ、気絶させちゃったんで、起こそうか、それとも自然に目を覚ますのを待つか、どっちにしようかって思っていただけです」


 シルヴィア様の声は、普段と同じく、ひどく優しく聞こえた。


「――では、オーガスト様に制裁を下すような真似はなさらぬと?」


「もちろんです」


 顔を上げる俺の前で、シルヴィア様が胸を張った。


「だって、私は女神の眷属ですから。不必要に相手の命を奪ったりするわけがないではありませんか」


 シルヴィア様の声は優雅で、そして慈愛に満ちていた。


「それに、まだ私も上になんの報告もしてませんし、何も言われてませんからね。勝手なことをしたら怒られちゃいますし」


 つづけてでてきたのは、あまり貫禄のない言葉だった。

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