その5

「――あの、大体のお話はわかりました」


 私の横で、エイブラハム様が挙手しました。


「ただ、その、なんと言ったらいいのでしょうか。それでシルヴィア様は、そのお立場をどう思ったのか。それから、何故、いままでそのことを隠しておいでだったのかが疑問で」


「隠していたわけではありません。皆様が私の前世について、何も質問しなかったから言わなかっただけです」


 相変わらずの調子でシルヴィア様が返事をされました。


「それに、私は上からの支持を受けて、仕事で皆様の前にきたのです。自分語りをするためにきたわけではありませんから」


「はあ」


 曖昧にエイブラハム様がうなずきました。――冷静に考えたら、確かに私たちは、シルヴィア様の前世について、何も考えていなかったように思います。


「それから、いまの私の立場について、どう思ったのか、なんですけど」


 つづけて言いながら、シルヴィア様が小首をかしげました。


「――まあ、いまの私の身体は女神の眷属ですからね。これで魔界へ行っても、何しにきたんだ? となるのは想像がつきましたし、前世のことを話しても、まわりが信用してくれるかどうかもわかりませんでしたし、信用してもらったとしても、そのあと、何をすればいいのか、まるで見当がつきませんでしたし」


 考えるようにシルヴィア様が話をつづけました。これも、言われてみれば、その通りの話です。


「それに、私が女神の眷属として転生したっていうことは、父が私の前世の行いを赦してくれて、償う機会を与えてくださったってことですから。だったら私も心を入れ替えて、これからは天界に籍を置くものとして職務を全うしようと思ってがんばってきたんです。魔界の皆様がどうなるのか、気にならないわけではありませんでしたけど、それはこれからのお若い方々に任せよう、自分のような、古い世代が口出しするものじゃないって思いましたし」


 話を聞いていると、とりあえず、筋は通っているように思うのですが、何故か釈然としません。私の横を歩いているエイブラハム様も、難しい顔で首をひねっています。


「あと、これも言っておきますけど、いまの私は人間を破滅させようとか、支配しようって気にならないんです。前世のことは、ほとんど思いだしたんじゃないかって思うんですけど、それはそれ、これはこれって言うか。脳の構造が違うから、考え方も変わっちゃってるんでしょうね。これについては、心当たりのある方もいらっしゃると思いますが?」


「「「――ああ」」」


 ここで、アーサー様、エイブラハム様、メアリー様が同時に納得したような声を上げました。上げてから、お互い、ぎょっとしたように視線を合わせています。不思議そうにしているのは、私とエリザベス様だけでした。


「あの、それはいいんですけど」


 どうしたらいいのかわからない調子で視線を合わせている三人とはべつに、エリザベス様が手を挙げました。


「さっき、オーガスト様の頭に、こう、手をぽんと当てて気絶させたのは」


「ああ、あれは、まあ、私は前世が前世でしたからね。気にしないでください。転生してチートなんて、珍しくもない話ですから」


 軽い調子で言ってきます。私たちは、とんでもないお方と友達になっていたようでした。いや、友達と呼んでいいのかどうか。


「さ、早くツイン学園へ戻りましょう。エイブラハム様とアーサー様の決闘は、アーサー様が辞退したということでなしになったのですから、そのことを皆様にお知らせしないと」


 相変わらず、ほがらかな感じで言い、シルヴィア様がツイン学園へむけて、軽やかに歩きだしました。


 私たちはついていくしかありませんでした。

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