その7

「そして魂を潰したあと、ただの抜け殻になってしまったエイブラハム様の身体を、かつて魔界大戦で倒された魔王の魂の寄り代にしようと計画していたのです。――まあ、確かに、エイブラハム様は魔将軍の家柄ですから、魔王に次ぐ力を持っていますし。あと百年も戦闘訓練を受けさせれば、二代目魔王を名乗っても問題ないほどの強靭な戦士になるでしょう。魔王の魂の寄り代としてもふさわしいと思います。ただ、エイブラハム様はまだ成長途中ですし、いくらなんでも早いんじゃないかと――」


 言いながらシルヴィア様が、あらためてお父様に目をむけました。


「――ああ、なるほど。アーサー様との決闘の約束があったからですね。成長途中のエイブラハム様でも決闘で死ぬことはないでしょうが、腕や足を折られるくらいの危険はある。せっかく用意した魔王の魂の寄り代に傷がついたら台無しですからね。それで計画を早めて、魔王の倒された、この部屋にエイブラハム様を連れてきたわけですか。ついでに言うと、どうして最初にそういう魂をエイブラハム様に転生させたのか、その理由もわかりました。そういう魂なら、遠慮なく潰しても心は痛まないでしょうから」


 最後の言葉は、私にはよくわかりませんでした。そういう魂? シルヴィア様は、エイブラハム様の魂について、何かご存知なのでしょうか。


「その話が真実だという証拠でもあるのか?」


 お父様が牙を剥きだしにしながらシルヴィア様に問いかけました。


「いまのは貴様が勝手にほざいたことだ。儂は何も言っておらん。証拠がなければ、それはただのたわごとと言うもの。おかしな言いがかりをつけた件については、あとで天界に申告させてもらうから、そのつもりでいただこう」


「違うというのなら、なぜ、あなたはここにいるのです? そしてエイブラハム様も。しかも、エイブラハム様はどうして気絶しているのです? 本当に違うというのでしたら、私たちはエイブラハム様を連れてここからでていきます。そのすぐあとで、エイブラハム様はこちらのアーサー様と決闘をすることになりますが、それでもよろしいのでしょうか?」


 すらすらとシルヴィア様がお父様に問いかけました。お父様が悔しそうに口をつぐみます。


「それから、ついでに言っておきますが、私はエイプリル様に前世がないことを知っています。エクストラバージンスピリットなんて珍しいな、なんて思っていたんですけど、それもあなたが用意させたんですね。前世のしがらみがない無垢な魂なら、エイブラハム様のような強い戦士に惹かれるはず。それで魔王の魂の寄り代にしたエイブラハム様と政略結婚させてしまえば、自分は復活した魔王の補佐として、これからも地位は安泰される。――よくできた計画だとは思いますけど、いろんなところで計算違いがありましたね」


 シルヴィア様が、私たちの方に右手をむけました。


「第一に、エイブラハム様が好意を寄せているのは、そこにいるメアリー様です。エイプリル様ではありません」


 シルヴィア様の説明に、お父様が視線をメアリー様にむけました。


「そうか。話には聞いていたが、その娘が」


「第二に、エイプリル様も、エイブラハム様のことを家族のように慕っているようですが、恋愛対象としては見ていないようですね。むしろ、そちらにいる、勇者の子孫であるアーサー様に好意を持っているようです」


 今度はお父様が私のことをにらみつけました。


「それは本当かエイプリル!?」


「え、だって、誰を好きになるのか、なんて、私の自由ですから」


「許さん! そんなことは許さんぞ! 我が栄誉ある魔族が、くだらぬ人間ごときを愛するなど」


 ここまで言いかけ、お父様が黙ってしまいました。シルヴィア様が話をつづけます。


「本音がでましたね。休戦協定だ、和平条約だとは言ってみても、結局、あなたは人間をそんなふうにしか見ていなかったんですよ。だから魔王を復活させ、あらためて魔界大戦を起こして人間たちを根絶やしにしようと企んだ。――違いますか?」


 シルヴィア様の問いかけに、お父様からの返事はありませんでした。返事ができなかった、という方が正確だったでしょうか。


「ああ、ついでに言っておきます。第三。もうオーガスト様もお気づきになっていたみたいですけれど。確かに、かつての魔王と六大勇者はここで戦い、そして魔王が倒されました。だから、単純に考えて、ここに魔王の魂が残っていると判断するのが普通でしょう。でも、そうじゃないんですよ」


 相変わらず、返事をしないでにらみつけるお父様を相手に、少しも怯えていない調子でシルヴィア様が話をつづけました。


「魔王の魂は、もう、ここには残っていないのです。なので、エイブラハム様に何をしても無駄ですよ。魔王の魂の寄り代にはなりません。エイブラハム様には、このまま魔将軍として生きてもらうのが一番なんですよ」

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