その6



        3 エイプリル・バイロン




 音もなく開いた大扉のむこうは、ひどく明るい光に包まれていました。どうしてかと不思議に思う私の前で、スタスタとシルヴィア様が部屋の奥へ入っていきます。私もそれにつづきました。


「なんだか、急に熱い空気が」


「ですわね」


 私の後ろからついてきた、メアリー様とエリザベス様が言いながらついてきます。


「焦げ臭い匂いがします。これは火を焚いていますな」


 この言葉は、やはり、私の後ろを歩いているアーサー様のものでした。相変わらず、メアリー様とエリザベス様を守るようにして歩いているのでしょう。私も怯えたフリをすればよかったかな、と思わなくもありませんでしたが、それよりも好奇心が私を動かしました。前を歩くシルヴィア様の肩ごしから、前方に見える光景に目をむけてみます。


 何本もの松明が燃え盛り、そこに、私のお父様が立っていました。


「どういうことなのだ」


 お父様が右へ左へ歩きながら、ひとり言でブツブツつぶやいていました。


「ここが魔王様と勇者たちが決戦した場なのだぞ。なのに、なぜ魔王様の魂が存在しない? どこにいらっしゃるのだ。これでは、私の計画が――」


「どうも、こんばんは」


 と、声をかけたのはシルヴィア様でした。ぎょっとしたようにお父様がこちらを見ます。いままで気づいていなかったようでした。よほど、何かに集中していたのでしょう。


 そして私も気づきました。この部屋の奥に、エイブラハム様が寝転がっていたのです!


「お父様、何があったのですか?」


 私はお父様に声をかけました。驚いた顔のお父様が私に気づき、さらに驚いた表情を浮かべます。


「エイプリル! おまえ、なぜここにいるのだ!?」


「それはこちらのセリフです。なぜ、お父様が人間界の、こんな場所に。それにエイブラハム様まで」


「ああ、なるほど」


 この声はシルヴィア様でした。私の前で、うんうんとうなずいています。


「まあ、気持ちはわからなくもありませんけど、ひどいことを考えましたね」


 よくわかりませんが、勝手に納得したようなことを言ってきます。私たちに目をむけているお父様が眉をひそめました。


「そこの女神の眷属は何を言っているのだ?」


「え? ああ、私のことですか」


 シルヴィア様が言い、さっきまで上げていた右手を下ろしました。同時に照明魔法も消えましたが、この部屋は松明が燃えているので暗くはなりません。


「実は私、ある程度、相手の心を読める力がありまして。いま、オーガスト様のお考えを読んでしまったのです」


 なんでもないような調子でシルヴィア様が説明しました。私の横に並んだメアリー様とエリザベス様、アーサー様が無言でうなずきます。私の知らないところで、何か心を読まれたことがあるようでした。


「なんだと?」


 お父様が少ししてから口を開きました。いままでに見たことのない表情です。そのままお父様がシルヴィア様をにらみつけました。


「何をふざけたことを。そんな馬鹿げた話が信じられると思っているのか。百歩譲って信じたとして、貴様がやったことは休戦協定に違反するのかもしれんのだぞ。自分が何をやったのかわかっているのか」


「仕方がないでしょう。私には、相手の心を読める力があることはあるんですが、自分の意志で自由に使えるわけではありませんから。意識的に読もうと思わなくても、勝手に入ってきちゃうことがあるんですよ」


 困ったようにシルヴィア様が返事をします。――それから、そのシルヴィア様の雰囲気も、少しだけ変わりました。


「それに、休戦協定に違反するのはオーガスト様も同じでしょう? ずいぶんと大それたことを計画したものですね。これはおおごとですよ?」


「あの」


 ここでメアリー様がシルヴィア様に声をかけました。


「さきほどから言っている、オーガスト様の考えていた計画とは、どのようなものなのでしょうか? というか、あの、エイブラハム様が」


「そのエイブラハム様の魂を潰すおつもりだったのですよ」


 シルヴィア様がとんでもないことを言いました!


「なんですって!?」


「何をいい加減なことを!」


 お父様が怒号を上げましたが、まるで気にした様子もなく、シルヴィア様がこちらをむきました。

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