その8
「それはどういうことでしょうか?」
これはエイプリル様の質問でした。シルヴィア様がエイプリル様のほうをむきます。
「決まっているでしょう? オーガスト様は魔界の宰相でいらっしゃいます。エイプリル様にとっては親愛なる家族なのでしょうが、それ以上の責務があるのですよ。そんなお立場のお方が、誰に何を言うでもなく、人間界にこられるなんて普通じゃありません。申し訳ありませんが、何を考えているのか? なんて、疑って当然でしょう」
「――それは、確かに、そうですわね」
この説明に、エイプリル様も、仕方がないといった感じでうなずきました。
「べつにオーガスト様に悪い感情を持っているわけではありません。ただ、これも私の仕事の一環だとお考えください。それに、エイブラハム様からの連絡がまったくないということも気になります。――皆様、ちょっと待ってくださいね」
言って、シルヴィア様が、また少し遠い目をされました。どこかからの連絡を受けているのか、それとも、シルヴィア様からどこかへ連絡していらっしゃるのでしょうか。
少しして、普段の表情に戻ったシルヴィア様が私たちに目をむけました。
「オーガスト様は、いま、ここにきております」
「あの」
シルヴィア様の言葉に、あらためてメアリー様が挙手をしました。
「魔界の宰相のオーガスト様がここにきているということは、さっきの説明で教えていただきましたけれど」
「あ、そうでしたね。いまのは説明不足でした。ここにきているというのは、魔界から人間界へきているという意味ではありません。このツイン学園の、すぐそばにきているのです」
シルヴィア様の言葉は、一瞬、理解できないものでした。
「「「「は?」」」」
そして、気の抜けた返事をしてしまった私たちでした。
「お父様が、どうしてそんな」
「オーガスト様が、このツイン学園のすぐそばにいらっしゃるということは、エイブラハム様もご一緒なのでしょうか? でしたら、やはりエイブラハム様は決闘の約束を守ろうとして、ここにいらっしゃると考えてよろしいのですね?」
「これは驚いたな。魔界の宰相が、このツイン学園にきただと? これは最悪の場合も考えなければならぬかもしれん」
「あの、オーガスト様は、いま、具体的には、どのあたりに」
「まあまあ、皆様、落ち着いてくださいませ」
口々に言う私たちに、シルヴィア様が静かな調子で両手をむけました。私たちが口を閉じるのを確認してから、シルヴィア様が落ち着いたように口を開きます。
「いまの口ぶりだと、アーサー様は、このツイン学園が設立される前、何があったかご存知のようですね?」
「――ああ、それは、もちろんです」
少ししてから、慌てたようにアーサー様がうなずきました。
「ここは、我らの先祖と、魔王が対決した戦地だったのです」
「え、そうだったのですか?」
私は驚いて聞き返してしまいました。私の横にいるメアリー様も驚いた顔をしています。それを見たシルヴィア様が苦笑しました。
「皆様、何も知らずに、この学園へ通っていたのですか。歴史の授業で――いや、それはもっと上の学年で教わることだったのかもしれませんね」
後半の言葉を自分で納得するようにつぶやいてから、シルヴィア様が私たちに目をむけました。
「私からも説明しますが、かつての魔界大戦で、人間界に進軍してきた魔王を、勇者たちが倒した場所こそが、ここだったのです」
シルヴィア様の言葉に、アーサー様が胸を張ってうなずきました。
「それで、そのあとも、かなりいろいろあったんですけど、とりあえず休戦協定が結ばれて、そして、この学園ができたのです」
シルヴィア様が説明をつづけました。
「過去のことは忘れよう。これからは和平を目指して、人間も魔族も、分け隔てなく学業に勤しめる学び舎をつくるべきだ。――そういうお考えが、人間界の元老院にはあったのだと思います。魔王を倒した跡地に学園を立てたのは、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという戒めの意味もあったのでしょうね。だから、複数の種族が共存できるように、ツイン学園という名前がつけられたのです」
「素晴らしいお考えですわね」
と言ったのはエイプリル様でした。決闘は喜んで見るのに、こういう和平のためにつくられた学園にも賞賛の言葉を送るのですか。やはり魔族というのは、私たち人間には、完全には理解できない思考で動いているのかもしれません。
「まあ、実際は見ての通り、ほとんどが人間で、通っている魔族はごく少数ですけれど。これは仕方がありませんね。事実上の敗北を味わった魔族が、わざわざ人間界まできて勉学に励む筋合いもないと思いますし」
ここまで言ってから、シルヴィア様が言葉を区切りました。少しして、さっきとは違う表情で私たちを見ます。
「ここで、さっきの疑問が生じます。魔王を倒した場所に、魔界の宰相のオーガスト・バイロン様がいらっしゃった。これはどういうことなのでしょう?」
「どういうことって――」
言葉を繰り返しながら、私は考えました。何もでてきません。
「申し訳ありませんが、まるで見当がつきません」
「私もです」
私の隣でメアリー様もうなずきました。アーサー様もです。
「どうすればいいのでしょう?」
これはエイプリル様の言葉でした。シルヴィア様が笑顔をむけます。
どうしてか、いつもの温和な笑顔ではなく、何かいたずらごとを考えているような、親近感の持てる、それでいて、少しかわいらしく見える笑顔でした。
「決まっているでしょう。オーガスト・バイロン様ご本人に会って話を聞けばいいのです」
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