その7

 でも、まさか、エイブラハム様に限って。


「どういうご要件だったのか、私も興味がありますね」


 と質問してきたのはシルヴィア様でした。エイプリル様が、あまり深く考えていないような調子で小首をかしげます。


「えーとですね。私もよくわかりません」


「は?」


「だって、父は父で、私は私ですから。だから、わかってることだけを説明しますけど、実は昨日、私が家に帰ってから、父に話したんです。エイブラハム様が、勇者の子孫のアーサー様と決闘する約束をした。明日が楽しみだって」


「楽しみだったのですか」


 やはり、エイプリル様は生粋の魔族のようです。感心しながら話を聞く私の前で、エイプリル様が説明をつづけました。


「それで、私は父も喜ぶんじゃないかって思っていたんです」


 言って、急にエイプリル様が胸を張りました。


「『そうかそうか。エイブラハムも、魔将軍の血筋としてがんばっているのだな。命を懸けで武人の誇りを世に知らしめてくれたらありがたい。はっはっはあ』」


 少し低めの声で妙なことを言いだしました。どうも、お父上であるオーガスト様の真似をされたようです。きょとんとして見ている私たちの前で、エイプリル様が下をむき、残念そうにため息をつきました。


「こんな感じで豪快に笑いだすかと思っていましたのに、これがそうじゃなくて。なんだか、急に困った顔をされたのです。それで、『ちょっとでかけてくる』と言って、家をでて、そのまま昨日は帰ってきませんでした」


「なるほど。それは確かに、どういうご要件なのか、わかりませんですね」


 シルヴィア様が、自分の顎に手をあてて、考え込むようにしながらうなずきました。私の横でメアリー様が手を挙げます。


「でしたら、オーガスト様に連絡をとってみてはいかがでしょうか?」


「あ、それもそうですわね」


 メアリー様の提案にあっさりうなずき、あらためてエイプリル様がスマートフォンを操作しはじめました。


 で、少しして顔を上げました。


「やっぱりつながりません」


「ですか。ということは、オーガスト様も魔界にいらっしゃるということですね」


「あ、それはどうも違うみたいです」


 メアリー様の言葉を否定したのはシルヴィア様でした。不思議そうにエリザベスがシルヴィア様のほうをむきます。


「それはどういうことでしょうか」


「ちょっと待ってください。いま、違うところから情報がきましたので」


 なんだか、少し考えるような顔をして、よくわからない方向を見ながらシルヴィア様が返事をされました。


「私は立場上、そういうことがわかるものですから。いま、オーガスト様は魔界にいらっしゃいませんね。元老院も仕事が滞っているみたいです」


 たぶん、どこからか、電波のような連絡を受けているのでしょう。女神様の世界では、スマートフォンは必要ないようです。感心すると同時に、私は疑問に思いました。


「では、オーガスト様はどこにいらっしゃるのでしょう?」


「単純に考えてこちらでしょうね。スマートフォンは、たぶん急いでいたので、ご自宅に置きっぱなしなんじゃないかと思います。魔界の宰相がいらっしゃってるんですから、人間界ではレセプションを開かなければならないかもしれません」


 と言ってから、シルヴィア様が少し冷めたような表情をされました。


「もちろん、オーガスト様が、どういうご要件でこちらへこられたのか、それを確認してからの話ですけれど」

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