その6



        3 エリザベス・バーネット




 そのあと、私とメアリー様がいつものベンチで昼食をとっていると、しばらくしてシルヴィア様とエイプリル様もやってきました。


「あ、どうも、ごきげんよう」


「ごきげんよう」


 エイプリル様とシルヴィア様がアーサー様に気づいて会釈をしました。アーサー様も笑顔で片膝を付きます。


「ごきげんよう、シルヴィア様にエイプリル様。おふたりとも、昨日と同じく、見目麗しい。お会いできて光栄に思います」


 アーサー様の言葉に、シルヴィア様もエイプリル様も嬉しそうな顔をしました。


「口がお上手なのですね」


「社交辞令でも、悪い気はしないものです」


「いえいえ、本心からの言葉ですから」


 言いながら立ち上がり、あらためてアーサー様が周囲を見まわしました。何をか探すような表情をしています。ここでエイプリル様も、ちょっと気づいたような顔をされました。


「エイブラハム様のことですね。やっぱり、まだきていらっしゃらないのですか?」


「はい。残念ながら」


「おかしいですわねえ」


 アーサー様の返事に、エイプリル様も小首をかしげました。


「少し待っていただけますか? いま、連絡してみます」


 言って、朝と同じようにエイプリル様がスマートフォンをだしました。朝と同じように操作をはじめます。


 すぐに顔を上げました。


「実は、朝から圏外でつながらなかったのですけれど、まだつながりません」


 エイプリル様の言葉に、アーサー様が眉をひそめました。


「それはどういうことでしょうか?」


「こちらにきていないということです。まだ魔界にいるのではないかと」


「困りましたな」


 アーサー様が渋い顔をして腕を組みました。少しして、なんとなく、言いにくそうに


「まあ、こういうこともあるでしょう」


 とつぶやかれました。組んだ腕をほどき、眉をひそめたままの表情で私に目をむけます。


「どうしてもあけられない用事でもできたのでしょうな。エイブラハム殿が逃げたとは私も思いません。ただ、決闘は、また後日ということに」


「魔界にスマートフォンを忘れて、こちらにきているのかもしれません」


 私はアーサー様を見上げながら言いました。


「あけられない用事ができたのなら、その旨を連絡してくるはずです。エイブラハム様ならそうするでしょう。なんの断りもなく、約束を破るはずがありません」


 私の横に座っているメアリー様が、私を見ながら小首をかしげました。私がエイブラハム様を信用する側に立っているので不思議なのでしょう。当然です。エイブラハム様が彼の生まれ変わりだと知った以上、私は何があってもエイブラハム様を疑ったりは致しません。


 昨日までの私とは違うのです。


「しかし、現にこうして、エイブラハム殿はいらっしゃいませんし、連絡もとれないのですが」


 アーサー様の言葉を聞いても、私は表情を変えませんでした。


「エイブラハム様は約束を守るお方です。もし、本当にエイブラハム様がこちらにきていらっしゃらず、その説明もないというのでしたら、それはあけられない用事ができただけではなく、それを連絡する方法が手元にないということなのでしょう。たとえばスマートフォンを踏んで壊してしまったとか」


「あー、そういえば」


 この声はエイプリル様でした。なんだか、空を見上げて、自分ひとりで納得したような顔をされていらっしゃいます。――少しして、私たちのむける視線に気づいたエイプリル様が苦笑しました。


「申し訳ありません、お話の途中だったのに。いま思いだしたのですけれど、あけられない用事というのは、私の父絡みかもしれませんわね」


「え、そうなのですか?」


 意外そうにメアリー様が聞き返しました。それも当然でしょう。エイプリル様のお父上と言ったら、魔界の宰相のオーガスト・バイロン様です。軍の最高司令である魔将軍の家柄であるエイブラハム様と、魔界の元老院の頂点に立つオーガスト様。このおふたりの間であけられない用事ができたということは。


「これは、とんでもないところから情報が入ってきたものですな」


 アーサー様も苦い顔をされていました。当然でしょう。最悪の場合、魔界は休戦協定を一方的に破棄し、こちらへ進軍してくるかもしれないのです。

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