その5

 何も問題なく授業を終え、私とエリザベスは昼食のサンドイッチと水筒を持って中庭へ行きました。


 アーサー・レッドフィールド様が先にきていらっしゃいました。――何か不愉快なことでもあったのでしょうか? 眉をひそめて、中庭を行ったりきたりしています。


「アーサー様?」


 とりあえず、私は声をかけてみました。ごきげんようとは、さすがに言えない状況です。アーサー様が腰の剣を抜きかねないような表情でこっちをむき、すぐに驚いた調子で眉間のしわを消しました。


「これはどうも、メアリー様。それからエリザベス様、ごきげんよう。本日も見目麗しいおふたりにお会いできて、私も光栄に思います」


 アーサー様が言いながら私とエリザベスの前まで近づき、左ひざを地面につけて会釈をしてきました。気のせいか、昨日より行動も言葉使いも丁寧な感じがします。――ひょっとして、昨日のエイブラハム様を見て、それに対抗心を燃やして、必要以上に紳士的な態度をとっているのかもしれません。


「あの、お気になさらず。お立ちになってくださって結構です」


「私から聞きたいことがあったのですが、よろしいでしょうか?」


 アーサー様が、私の言葉に笑顔で立ち上がり、エリザベスの言葉に不思議そうな顔で横をむきました。


「答えられることなら、私はなんでも答えますが?」


 アーサー様の返事に、エリザベスがうなずきました。


「では質問ですが、あの、ご想像はついているかもしれませんが、昨日の、エイブラハム様との決闘のことなのですが」


「ああ、それですか」


 ここで、見る見るアーサー様の表情が曇っていきました。さっき、中庭を行ったりきたりしていたときと同じです。


「その件なのですが、それで私も、ずいぶんと不愉快な思いをしておりまして。実は、あの――魔将軍のエイブラハム殿でしたか。彼と、まったく連絡がとれないでいるのです」


「え、そうなのですか」


「はい。で、こんなおかしなことはないと思いまして、私も個人的に調べまして。彼が普段、授業を受けている講堂に顔をだしてみたのですが、本日はきていないと言われました。それで、昼食のこの時間、昨日と同じ、この場所にきたのです。それでも一切の音沙汰がありません。エイブラハム殿はどういうつもりなのでありましょうな」


 いらついたような表情で言いながら腕を組むアーサー様でした。なるほど、アーサー様が不愉快そうにしている理由はこれでわかりました。


 ですが。


「アーサー様は、そこまで決闘が楽しみだったのでしょうか?」


 少し心配になって、私は質問してみました。慌てたようにアーサー様が顔を横に振ります。


「いえいえいえ! 決闘が楽しみだとは言っておりません。まさか魔族でもあるまいでしょうに。ただ、私は昨日、言葉のあやが原因ではありますが、エイブラハム殿と決闘をする約束をしました。なので、その約束を果たすべく、それ相応の覚悟を持って、今日、このツイン学園にきたのです。それなのにむこうからの音沙汰なしとは。エイブラハム殿は、あのときの約束を保護にする気なのでしょうか。もしそうなら、エイブラハム殿は紳士の礼儀も戦士の誇りも欠いております。私はそれを不愉快に思っておりまして」


「――ああ、そういうことでお怒りだったのですか」


 アーサー様のご返事は納得の行くものでした。ただ、それとはべつに、明らかに納得の行かないこともありました。


「エイブラハム様は」


「エイブラハム様は、約束を保護にするようなお方ではありません」


 私の声をさえぎってアーサー様に意見したのは、すぐ横に立っているエリザベスでした。これは珍しい。驚いて目をむけると、エリザベスは、普段見ないような、とても真摯な表情でアーサー様を見つめていました。


「アーサー様は、昨日、はじめてエイブラハム様と会ったのでご存知ないのでしょうけれども。エイブラハム様ほどの堂々とした戦士を、私はほかに見たことがありません。さらに言うなら、エイブラハム様ほど紳士の礼儀を心得ているお方も、そうはいらっしゃらないでしょう。エイブラハム様が、普段、どれほどメアリー様に愛の言葉をささやいているのか、私はいつも聞いておりました。あれほどの熱意を持って人を愛し、そして自分の家柄に誇りを持ったお方が、決闘の約束を破るなど、あるはずがないでありませんか」


 一気にまくしたてるエリザベスでした。驚くアーサー様を見つめたまま、エリザベスが口を閉じ、深く呼吸をします。


 そして、あらためてアーサー様を見つめました。


「もちろん、エイブラハム様に怪我をしてほしくないとは私も思っておりますが、それとこれとはべつです。断言しましょう。エイブラハム様はきます」


「――そうでしたか」


 少しして、アーサー様がひとり言のようにつぶやきました。


「ひょっとして、私はとんでもなく失礼な言葉を口にしたのかもしれませんな。これほど淑女の信頼を得ている御仁なのですから、エイブラハム殿も、それ相応の人物だということは認めざるおえないでしょう。いまの私の暴言、エイブラハム殿に会ったら謝罪しておきます。ただ、決闘そのものは、私も加減抜きでやらせていただきますので」


「それについては、私も、何も言えることはありません。エイブラハム様と話し合って決めてくださることを望みます」


「わかりました」


「それにしても、ずいぶんと変わった意見を言うのですね。いままでとは印象が違います」


 アーサー様が了承したのを確認してから、私はエリザベスに話しかけました。エリザベスが不思議そうに振りむきます。


「印象が違いましたか?」


「ええ。いままで、エリザベスがエイブラハム様のことを、そこまで信頼しているとは思っておりませんでしたから。むしろ、一応は人間的な態度をとっているけれど、魔族だからという理由で、少し疑っているのではないかと思っておりましたのに」


「ああ、それは――」


 何か言いかけ、エリザベスが、少し不思議な笑い方をしました。


「いままでの私が、真実を見る目を持っていなかったからです。思い込みで相手を疑うようなおかしな考え方をしていたことは認めましょう。そのことについては恥じなければなりません。ただ、これからは違います。エイブラハム様は、雄々しく、そして優しい、素晴らしいお方です。エイブラハム様に愛されて、メアリー様は本当に幸せなのだと思います」


 エイブラハム様のことを褒めちぎり、その流れでとんでもないことを言ってくるエリザベスでした。


「おやめなさい。こんなところでそんなことを言われたら、顔が赤くなってしまうではありませんか」


「それでよろしいのです。私は、エイブラハム様にも、メアリー様にも幸せになって欲しいのですから」


 そう言って、にっこりとほほえむエリザベス様でした。

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