第五章

その1



        1 メアリー・クレメンス




「皆様、準備はできておりますか?」


「はい、とりあえず、心は落ち着かせてまいりました」


「私もメアリー様と同じです」


「準備も何も、私は父に会うだけですので」


「武器は持参してきませんでしたが、それでよろしかったでしょうか?」


 あれから三時間後、ツイン学園での授業を終わらせた私たちは、もう一度、裏庭に集まっていました。本当は昼食のあと、すぐにでもオーガスト様のところへ行き、エイブラハム様とも再会したかったのですが。


「ツイン学園の授業を受けずに勝手な行動をとったら、父に叱られますので」


 というエイプリル様の言葉と、


「きちんと場所を特定するまで、もう少し時間がかかりますので」


 というシルヴィア様の返事で、オーガスト様と会うのは放課後ということになったのです。それぞれ返事をする私たちを見て、シルヴィア様が小首をかしげました。


「アーサー様、武器を持参してこなかったというのはどういうことでしょうか?」


 私もアーサー様の腰元に目をむけてみました。なるほど、お言葉の通り、剣がありません。


「ああ、それはですな」


 アーサー様も、少し困ったような感じで返事をされました。


「私は勇者の家柄です。そんな人間が武器を持って魔界の宰相殿とお会いしたら、むこうも不必要に警戒されるのではないかと思いまして。ここは紳士の礼儀として、武器は置いてきたのです」


「ああ、なるほど」


 シルヴィア様が納得したようにうなずきました。横で聞いていた私もです。確かに、不必要に武装していたら、オーガスト様に妙に思われてしまうでしょう。


「休戦協定がありますからね。オーガスト様も、非武装は有愛の証と見てくださるでしょう」


 言ってから、シルヴィア様が私たちのほうを見ました。


「メアリー様とエリザベス様も、特に武器などは?」


「もちろん持っておりません。そもそも、私たちは戦い方も知りませんし」


「私もメアリー様と同じです」


「わかりました」


 私とエリザベスの返事を聞いたシルヴィア様がふたたびうなずき、最後にエイプリル様のほうを見ました。エイプリル様がやれやれと言いたげに両手を見せます。


「さっきも言いましたけど、私は普段通りです。父に会うだけの話なので」


「ですね」


 またもやシルヴィア様がうなずき、それから私たちに背をむけました。


「では行きましょうか。オーガスト様はこちらです」


「それで、一体オーガスト様はどこにいらしゃるのですか?」


 ツイン学園の中庭を横切り、校舎裏へ行くシルヴィア様の後ろを歩きながら、アーサー様が質問されました。シルヴィア様が笑顔で振り返ります。


「ですから、こちらですが?」


「それが不思議なのですよ」


 歩きながら横をむくと、アーサー様は言葉通り、不思議そうに眉をひそめてシルヴィア様を見ておりました。


「実を言うと、私の家には、ある秘術が伝わっておりまして。今日、昼食のすぐ後にそれを使ってみたのです」


「それはどのような秘術なのでしょうか?」


「近くにいる魔族の存在を感知できるというものでして。私の先祖が魔界大戦でこれを使い、魔族たちの奇襲を事前に察知したという逸話が残っております」


「なるほど」


「ただ、私がその秘術を使っても、この近辺にいる魔族の存在を感知できなかったのです。――ああ、少し訂正します。正確には、ひとりだけ感知できました。つまり、あなたです」


 アーサー様がエイプリル様にむけて右手を差しだしました。エイプリル様が当然というお顔をされます。


「それで、エイプリル様の存在を感知できたのですから、私の使った秘術は正常に機能していることになります。それなのに、オーガスト様とエイブラハム殿の存在を感知できません。シルヴィア様のお話によると、このツイン学園にきているというのに。一体どこにいるものやら」


「ああ、それはたぶん、あそこでしょうねえ」


 と、ここで言ってきたのはシルヴィア様でした。


「私の感覚でも、そっちだって言ってますし」


「それはどこなのでしょうか?」


「もうすぐです」


 アーサー様の質問に返事をし、あらためてシルヴィア様が前方をむいて歩きだしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る