その9

 それから、あらためて私はシルヴィア様を見つめました。


「それで、この話は口外してもよろしいのでしょうか?」


「ああ、安心してください。父の名に誓います。誰にも言いませ――は?」


 シルヴィア様が右手を上げて宣誓するような調子で言いかけ、途中で素っ頓狂な声を上げました。驚いたような顔で私を見てきます。私は、そんなにおかしなことを言ってしまったのでしょうか。


「ああ、べつに、おかしなことは言ってません」


 相変わらず、私は声にだしていないのに、心を読んで返事をしてくださるシルヴィア様でした。そのまま、シルヴィア様が少し考えるような素振りをします。


「そうか。いままでがいままでだったから、今回もそういうパターンでくるかと思ってたんですけど、そうじゃないんですね。――というか、冷静に考えたら、エリザベス様は、このことを周囲に知られても、何も困りませんものね」


「はい、もちろんです」


 前世の私が自殺をしたということが、主の教えに逆らうということで、教会から多少のお叱りを受ける可能性はありましたが。それも大したことではないでしょう。そもそも、その件も主に赦されたから、私はここにいるのです。


「えーとですね」


 考える私の前で、シルヴィア様が


複雑そうに眉をひそめました。なんと言ったらいいのでしょうか。まるでレモンを齧ったときのような表情です。


「まず説明します。私は女神の眷属のなかでも、一番下の階級ですから、あなたに命令する権利は与えられていないんですよ。だから、これは命令ではなくて、私からの個人的な助言だと思っていただきたいんですけど。いまエリザベス様が思いだした前世の話を口外すると、たぶん、かなり難しいことになると思うんですよ。もっと言うと、この件に関しては面倒見切れない予感がプンプンします」


「え、そうなのですか?」


 わけがわからずに私は聞き返してしまいました。私が自分の前世を周囲に話すだけで、どうして難しいことになるのでしょうか。


「ちゃんと理由があるんですけど、それも説明できません」


 困ったように言ってくるシルヴィア様でした。女神様にも、いろいろと事情があるようです。


「お話はわかりました」


 とりあえず、私はシルヴィア様にうなずきました。


「私は、彼のそばにいたいと言いました。その誓いは取り消しません。それから、彼が誰に転生したのかを知らなくても構いません。そして、彼が私のことを思いだしてくれなくても構いません。これでよろしいのでしょうか?」


「ええ、まあ」


 私の質問に、少し意外そうな顔でシルヴィア様が返事をされました。


「そうしてくれると、こちらとしても助かります」


 と言ってから、少し不思議そうにシルヴィア様が私を見つめました。


「でも、本当にそれでよろしいのですか?」


「どうせ実らぬ恋なのでしょう? では、悪あがきをするだけ無駄です」


 私はエイブラハム様のことを思いだしました。魔族でありながら、紳士的で、そして懸命にメアリー様へアプローチをしつづけて。そういうことなら、私はエイブラハム様の恋が成就するように、手伝うしかないではありませんか。


「ありがとうございます。そういうふうに考えてくれて、私もほっとしました」


 シルヴィア様が安心したように言ってきました。


「本日、私が言いたかったことは以上です。エリザベス様からは、何か質問はありますか?」


「あ、特にありません。もう、ほとんどの質問はしてしまいましたので」


「そうでしたか。では、これで私は失礼させていただきます」


 言ってシルヴィア様が立ち上がりました。私も立ち上がります。


「もしよろしければ、正式な客人として、ドアから退室されても構いませんが?」


「お気になさらず。神出鬼没の来訪者が、私の普段のスタイルですので」


 いたずらっぽく言い、シルヴィア様が私に会釈をしました。


「それでは、お休みなさいませ」


 言うと同時に、シルヴィア様の姿がその場から消えました。時空転移の魔法でしょうか。さすがは女神様です。


 そして私も、前世のことを考えながらベッドで寝ることにいたしました。


 お休みなさいませ、エイブラハム様。

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