第四章
その1
1 エイブラハム・フレイザー
「エイブラハム様、よろしいでしょうか」
俺が自室でツイン学園の課題をこなしていると、使い魔のグレゴリウスが部屋の外から声をかけてきた。
「どうした?」
「お客様がいらっしゃっております」
「客だと? 誰だ?」
またシルヴィア殿か? 今度は時空転移の法など使わず、正面から乗りこんできたのか、などと思いながら俺はグレゴリウスに問うてみた。
だが、返事は予想外のものだった。
「宰相のオーガスト・バイロン様でいらっしゃいます」
「――なんだと?」
俺は驚いた。昼間のエイプリルはいいとして、オーガスト様がいらっしゃったとは。お忙しい身の上のはずなのに、どういうことなのだろう。
「わかった。すぐに行く。どの部屋に招いた?」
「第一応接室でございます」
グレゴリウスの返事を聞きながら俺は立ち上がった。自分の服装におかしなところがないか、軽く確認してから部屋をでる。
第一応接室では、黒いケープをまとった、野獣のような体躯を誇るオーガスト様が、ソファにも座らずに立っていた。
「お久しぶりです、オーガスト様」
「おお、エイブラハム。相変わらず元気そうだな」
笑顔で言いながら、オーガスト様が近づき、両手で俺の肩を軽く叩いた。俺も笑顔で軽く会釈をする。――オーガスト様の身長は俺よりも二十センチほど高かった。胸板も厚い。そのオーガスト様が、静かに俺を見つめる。
「しばらく見ないうちに、また力をつけたようだな。なかなかのものだ」
「いえ、私など、まだまだです」
俺は笑顔のまま、オーガスト様に返事をした。実際問題、オーガスト様のほうが俺よりも魔力は上である。何しろオーガスト様は魔界大戦のころからの生き残りだからな。魔族は長く生きればそれだけ力をつける。血筋的には俺のほうが戦闘むけだし、伸びもいいはずなんだが、あと百年程、熱心に修行しなければ追い抜くことはかなわないだろう。
そして魔将軍の家柄である以上、俺は最強であらなければならない。
「ああ、そうそう。どうぞ、おくつろぎください」
俺はソファの方に手をむけた。オーガスト様がソファに座る。
「使い魔たちは、ソファに座るように言わなかったのですか? あとで注意しておきますので」
「ああ、そういうわけではない。ただ、貴殿がくるまで、この椅子に座る気になれなくてな」
俺もむかいのソファに座りながら言ったら、オーガスト様が笑顔のまま返事をした。つづいて俺から目をそらし、部屋のなかを見まわす。
「それにしても驚いたな。噂で聞いてはいたが、ずいぶんと変わったねぐらをつくり上げたものだ。まるで子供の遊び場だぞ」
「ねぐらではなく、屋敷と言うそうです。人間の建築物をお手本に改装しました」
「なるほど。実は、その話も聞いていたんだが、どうしてかという理由を聞かせてもらえるかな」
「いま留学している学園に、心惹かれる女性がいまして。その女性が人間だったのです。それで、その生活に合わせる気になりました」
俺がメアリー様と出会ったのは二年前だったか。それを境に、俺はこの家を大改装した。心地好い硬さの石畳の上に、不気味なほど柔らかい絨毯をひき、気持ちよく見通せる暗闇の廊下には、太陽のようにぎらつく目ざわりなLEDを配置。我らの心をなごませる野獣の遠吠えと怪鳥の鳴き声はすべて封印。代わりにセレナーデを流したときは、さすがにしばらく眠ることもできなかった。
「最初は私も、どうして人間たちはこんな生活に我慢できるのかと不思議だったのですが、いまは平気になりました。これも慣れです」
「ふむ、そういうものか」
オーガスト様は感心したようにうなずいた。そのまま、少しの間、オーガスト様が俺を見つめる。
「それで、エイプリルはこの屋敷をどう思っている?」
「あ、エイプリル殿は、しばらく前に一度だけ、この屋敷まで遊びにこられて、それっきりですな。やはり気に入らなかったのでしょう」
俺は人間の、やれやれの手の形をとりながら返事をした。オーガスト様が眉をひそめる。
「なるほどな。だから行きたくないと言っていたのか」
なるほどな。だからオーガスト様だけがいらっしゃったのか。それはいいのだが、今日はどういうご要件で御足労くださったのだろう。考える俺を見ながら、オーガスト様も考えるように腕を組んだ。
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