その8
「あー、やっぱり、それ言ってきますか」
私の言葉に、シルヴィア様が困ったような調子でつぶやきました。
「えーと、申し訳ないんですけど、それはできないんです。というか、会わせるも何も、もう会ってますので」
「え、そうなのですか?」
「はい」
驚いて質問する私に、シルヴィア様が真面目な表情でうなずきました。嘘をついているようには見えません。
「では、誰が彼の生まれ変わりなのでしょうか? それを教えてください」
「すみません、それもできないんですよ。残念ながら」
シルヴィア様が困ったようなお顔のままで、手を左右に振りました。
「個人情報っていうのがありまして。私は勝手にいろいろしゃべっちゃいけないことになってるんです。それに、あなたはあのとき、どんな形でもいいから、彼のそばにいたいって言ってましたよね? だから、とりあえず、その願いは叶えました。これについては父の名に誓って事実です。ただ、よっぽど特殊なことがない限り、あなたと彼――」
ここで、どうしてだか、シルヴィア様が少し口をつぐみました。何か考えているように見えます。
「訂正します。彼ではなくて、あの人との恋は実らないと思いますよ?」
「え、そうなのですか」
「はい。これは私も言いにくいことだったんですけど」
気の毒そうに言うシルヴィア様でした。――どうして私の恋が実らないのか、シルヴィア様は理由を知っているようです。
「申し訳ないんですけど、その理由も言えないんです」
私が理由を聞くより先にシルヴィア様が言ってきました。また、私の心を読んだようです。
「まあ、誰だかわからないだろうとは思いますけど、とりあえず、あの人は転生して、あなたのそばにいますから。それは安心してください」
「そうでしたか」
と返事をしてから、私は気づきました。
魔将軍の跡継ぎである、エイブラハム・フレイザー様です! あの方は、私とメアリー様が一緒にいるとき、よくやってきては、メアリー様に愛の言葉を捧げていきました。私のことは、メアリー様のそばにいる幼なじみとしか見ていないようでしたが。
「そうだったのですか」
何もかも私にはわかりました。そうか。あの方が、彼の生まれ変わりだったのですね。そして、もうべつの人を愛している。だから私の恋は実らないのですね。
「なるほど、そうきましたか」
考える私を見ながらシルヴィア様が苦笑しました。
「私も、いろいろな方の転生を手伝ってきたんですけど、あなたが一番個性的ですね。とてもおもしろいです」
「はあ。それは褒め言葉なのでしょうか?」
「そう受けとってくれて構いません。あなたは、ほかの方が持っていないものを持っています」
「とりあえず、お礼は言っておきましょう。ありがとうございます」
シルヴィア様に会釈をしながら、私は少しだけ考えました。これからの私は何をすればいのか? エイブラハム様とメアリー様の仲を引き裂く? いえ、それは絶対にやってはならないことです。いま、エイブラハム様はメアリー様を愛しているのですから。そしてメアリー様も、それほど嫌がっているようには見えませんでした。何よりも、私はメアリー様の幼なじみです。
「なるほど、悩んでいらっしゃるみたいですねえ」
私を見ながらシルヴィア様が言ってきましたが、私には返事をする余裕がありませんでした。それよりも、私は私のなかで誓いを立てなければ。――どのような形であれ、私は彼のそばにいればいい。この思いに嘘はありません。だから、エイブラハム様の恋を、私は応援しなければならないはずです。
それが、この私、エリザベス・バーネットの歩くべき道なのです。
「素晴らしいご決断です。私もほっとしました」
私の前でシルヴィア様がうなずきました。いままでよりも、なんだか心地好い笑顔に見えます。
「ちょっとだけ、どうなるのかなと思わなくもありませんでしたが、そういうお考えで行動されるのでしたら、それはそれでいいのでしょう」
「私は正しい選択をしたのでしょうか?」
「私からは何も言えません。あなたが後悔のない人生をまっとうできれば、それでいいのです」
私の質問に答えてから、急にシルヴィア様が表情を変えました。
「それで私は、あなたが今後、どうやって生きていくのか確認しようと思っていたんですけれど、これはもう、聞く必要のないことですね。これからも、エリザベス・バーネットとして、精いっぱい生きてください」
「ありがとうございます」
女神様からのお言葉です。これほどの栄誉があるでしょうか。私はシルヴィア様に、心からの感謝をこめて会釈をしました。
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