その7

「おい、戻ってこい。いくらなんでもおかしいぞ」


 彼が私に言った瞬間、トラックの運転手がバタッとうつ伏せに倒れるところが見えました。急にトラックのスピードが上がります。倒れるとき、アクセルを踏みこんでしまったのかもしれません。


「あぶねえ! 早く避けろ!!」


 一気に近づいてくるトラックに驚く私は、いきなりものすごい力で横むきに突き飛ばされました。彼が私を助けてくれたのです。


 そして、その代わりに、彼は。


「思いだしました」


 私は呆然としながら、小さくつぶやきました。つぶやいたのはいまの私です。確かに過去、こういうことがありました。


 でも、いまの私の思い出ではありません。


「ええ、その通り。前世のあなたの経験です」


 私の前で、シルヴィア様がうなずきました。


「でも、それだけではないでしょう? そのあとのことも思いだせませんか?」


「――そのあと?」


 訳がわからずに聞き返しながら、私は首をかしげました。そのまましばらく考えたのですが、何も記憶がでてきません。


「申し訳ありませんが、私が思いだせたのはここまでです」


「あー、そうですか。それは残念です」


 あまり残念でもなさそうな感じでシルヴィア様がおっしゃいました。なんだか苦笑しているようにも見えます。


「じゃ、説明しますけど、あなた、あのあと自殺したんですよ。恋愛関係で言う、後追い自殺って奴ですね。戯曲で言うと、ロミオとジュリエット的な」


「――え、自殺?」


 私は思わず聞き返してしまいました。シルヴィア様がうなずきます。


「そこまで彼を愛していたのか、それとも、愛している自分に酔っていたのかはわかりませんけど。あのとき、あなたはこう言ったんです。彼は自分の命と引き換えに私を助けてくれた。彼がそうしてくれたなら、私も同じことをする。私は彼と同じところへ行くから、残った内臓とか骨髄とかは、ドナーとして困っている人に使って欲しい。――これは言葉だけじゃなくて、ちゃんと遺書にも書き残して、それで外科病院の五階から飛び降りたんです。またずいぶんと命を粗末にするもんだって、私も驚きました」


「――そんなことが」


 まるで記憶にありません。困った顔をしている私を見て、シルヴィア様が苦笑しました。


「まあ、この件は、思いだせないほうがいいでしょうね。トラックにひかれかけて、しかも、飛び降り自殺をしただなんて。普通ならトラウマになります。――ああ、だから皆さん肝心なところは覚えていないのかもしれませんね。自分を守るために、わざと意識が過去のことを封印してるんでしょう」


 後半はよくわからないことをひとり言でつぶやいてから、あらためてシルヴィア様が私を見つめました。


「そのあと、私があなたの魂を迎えに行ったら、あなたは、彼と会いたいんだって言いだして。で、普通ならそんな話は認められないんですよ。自殺なんて、父の教えに反しますから。ただ、あなたの場合は、残った身体をドナー提供してましたからね。自分の命と引き換えに、複数の人間を助けようとした。これは、自分の身体をパンとワインに変えたのと同意である。だから、特別に要望に応えようってことになりまして。それであなたの話を聞いたんですよ。そうしたらあなた、どんな形でもいいから、彼のそばにいたいって、そればっかりで。まあ、それだけ彼を愛していたのかもしれませんけど」


「もちろんです」


 これは私も即答しました。何もかもではありませんが、前世を思いだしたいま、私ははっきりと断言できます。


 あのときの私にとって、彼は人生のすべてでした。言い切った私の目の前で、つづけてシルヴィア様が口を開きます。


「そういうわけで、私たちもいろいろ手を尽くしたんです。それで、なんとか適当な転生枠が見つかりましたので、あなたにはエリザベス・バーネット様として生まれ変わっていただきました」


「お話はわかりました」


 少ししてから、私はシルヴィア様に返事をしました。


「ただ、それだと、彼もこの世界に転生しているのですね? だから私もこの世界に転生したのですよね?」


「ええ、まあ」


 確認の質問をした私に、今度はシルヴィア様が少ししてから返事をくださいました。どういうわけだか、柳眉をひそめたお顔で私を見ています。


「ただ、それについては」


「お願いです。彼に会わせてください」


 私は懇願しました。

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