その6
3 エリザベス・バーネット
「――それで、いまの話を信用しろとおっしゃるのですか?」
「ええ」
私の目の前でシルヴィア様が笑顔でうなずきました。確かに、私の部屋にノックもなしで、いきなりやってきたというのは普通ではないことです。簡単に言うなら、人間業ではありません。それを可能にする以上、シルヴィア様がただものではないということは認めるしかないでしょう。
でも、女神様の眷属だなんて。
「あー、最初は皆さん、大体そんな感じなんですよね」
考える私を見ながら、シルヴィア様が苦笑混じりに言ってきました。私は口にだしてものを言ったつもりはなかったのですが。
「ああ、お気になさらず。私、相手の心を読めますので」
「そうでしたか」
驚いたまま、私は返事をしてしまいました。それはいいのですけれど、その女神様の眷属のシルヴィア様が、私になんの用があるのでしょう。
というか、用があるのなら、昼間にツイン学園で話してくださればよかったのに。
「それは、周囲の視線があったもので。私も控えていたんですよ」
シルヴィア様が返事をしてきました。私はしゃべっていないはずなのに。どうやら、シルヴィア様が人の心を読めるというのは事実のようです。
「でも、いまはふたりっきりなので、本当のことを自由に話せると思いまして。私はエリザベス様の人生の、アフターケアにきたんですよ」
「はあ。アフターケアですか」
訳がわからないまま、私は返事をしてしまいました。この私、エリザベス・バーネットの人生なんて、まだ十五年です。アフターケアも何もないと思うのですが。
考える私に、シルヴィア様が笑顔のまま近づいてきました。
「とりあえず、思いだしていただきます。実は、あなたの前世のことなんですけどね――」
言いながら、シルヴィア様が右手を上げました、その手のひらをこちらへむけます。何をする気なのでしょう? 不思議に思う私が見たのは、黄金に輝く光と、そして、経験したことのない、それでいて、確実に自分のものである、特別な記憶でした。
「はっはっはあ! いまの見たか? あいつ、スゲーぶるってハンドル切ってたぞ! 歩道に飛びだすところだった!」
「本当。馬鹿みたい」
彼の言葉に合わせて一緒に笑っているのは私でした。でも、いまの私の声ではありません。そして、彼――コワモテと言えばいいのでしょうか。弱みなど何もなく、野蛮で、法を守ることなど考えず、それでいながら、私には優しくしてくれた彼。私は彼と、夜の道路に飛びだして、車を運転している大人たちをからかうという、特殊な遊びをしていたのでした。
「次、おまえがやってみろ」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたのも私です。――なぜ、あんな犯罪まがいのことを、私は楽しそうにやっていたのでしょう。
「じゃあ、次は、あのトラック!」
あのときの私は、少し遅めに走るトラックを指さしました。速く走る車は怖かったからです。それでも、私はこの遊びをやろうとしていました。怖いはずなのに、なぜか。――少しして、私はその理由に気づきました。
「じゃ、行くからね」
精いっぱいの虚勢を張りながら、私は車道に飛びだしました。なぜ、こんなことをしていたのか。それは彼が好きだったからです。彼のやることに合わせて、彼に好かれる女になりたい。
あのとき、私はそれだけを考えて行動していたのでした。
「おいおいおい、人がでてるのに気づかねえのかよお」
私が車道にでているのに、そのトラックが止まる気配はありませんでした。彼が挑発するように声を上げています。もちろん、トラックの運転手には聞こえてるわけもありませんでしたが。
そのまま、トラックが私に近づいてきました。
「ちょっと待てよ。なんだか本当にあぶなくねえか?」
彼の仲間が、少し心配そうに私に声をかけてきました。トラックはまったくスピードが落ちません。私の目にも、運転席が見えました。運転手はぐったりしています。
あとで聞いた話ですが、このとき、そのトラックの運転手は突然の心臓発作を起こして、意識を失っていたのだそうです。
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