その5
そうだ。俺は前世で、人間を殺して食っていたのだ。しかも、魔界と天界が休戦協定を結んだことを知りながら、あえてそれを無視した。そしていままでは、過去のことなどすっかり忘れて、勇者の一族として、その地位に甘えてきたのだ。
そういえば、俺は昼間、エイブラハムに「明日の決闘は楽しみにしているぞ」と言った。あのとき、エイブラハムはなんと答えた?
『決闘を楽しむとは、我らのような魔族が口にするセリフのはずだ。和平を求めて剣を振るった勇者の子孫が言うことではないぞ』
確かにそうだ。だから俺は言い返すこともできずにあの場を去ったのだ。――なぜ、俺はあんなことを言った? 戦いを楽しむという、汚れた魔族の考え方が、まだ、俺のなかに残っているからではないのか。
「父の名において、あなたを赦します」
考える俺の前で、シルヴィア様が優しく言ってきた。
「そう悩まないでください。あなたはさっき、自分はこれからも勇者として生きていくって宣言したではありませんか。それに前世のことなんて、とっくに時効です。死刑判決も受けたことですし。昔のことなど忘れて、これからのことを考えるべきでしょう。ほとんどの人間は、あなたを勇者の子孫として見ています。そして、尊敬の眼差しをむけています。その期待に応えることこそが、いまのあなたの勤めではありませんか?」
「――ああ、はい。確かにその通りですな」
俺はシルヴィア様の言葉にうなずいた。女神様の言葉である。このとき、俺はどれだけ救われただろうか。
「ありがとうございます。いまの言葉で、少しは立ち直ることができました」
「いずれは完全に立ち直ってください。時間はかかるかもしれませんが」
「安心してください。俺はアーサー・レッドフィールド。魔王を倒した六大勇者の家のものです。これからも、その使命を全うしていきます」
「心強いお言葉です」
シルヴィア様が笑顔でうなずいた。
「ただ、それにしても、ずいぶんとまっすぐに私を見てくるのですね。驚きました。ほかの皆様は、かなりひきずっていたみたいですけれど。やっぱり、こういうのは個人差なのでしょうか」
よくわからないことをひとり言のようにつぶやいてきた。たぶん、ほかの転生者のことでも思いだしているのだろう。俺が興味を持って聞くようなことではない。黙っておこうと俺は判断した。
「さてと、私はあなたに対する役目を終えました」
言って、急にシルヴィア様が立ち上がった。何かと思う俺にむかってシルヴィア様が会釈をする。
すぐに顔を上げた。
「すみません、本当に急なのですが、私は今日、ほかにも仕事がありますので。これで失礼してよろしいでしょうか?」
「あ、はい。そういうことでしたら、それはもちろん」
言って、俺は自室のドアのほうをむいた。
「もしよろしければ、このまま、正式に退室してくださっても構いませんが? どちらへ行かれるのかもわかりませんが、できるならエスコートもいたしましょう」
俺の申し出に、シルヴィア様がほほえんだ。
「お心遣いだけ受けとっておきます。お優しいのですね」
「あなたは女神です。紳士ならとるべき当然の行動かと。魔界大戦で暴虐の限りを尽くした魔族ならどうしたかわかりませんが」
「エイブラハム様は、とても紳士的でしたよ。いまのあなたと同じように」
「お、そうでしたか」
俺は少し驚いた。エイブラハムは、俺が思っていたような奴とは違ったらしい。では、明日の決闘は本当に正々堂々と挑むとするか
「それでは失礼します。また明日」
シルヴィア様が言った瞬間、その身体が黄金色の光に包まれた。その光量が普通ではない。俺は反射で目を細めてしまった。
少ししてから目を見開いたとき、もうシルヴィア様の姿は消えていた。
「さすがは女神様」
そこいらの魔導師たちが使う術は無効化されるように処理されている俺の屋敷から、自在に出入りできるとは。これを神の御技でなければなんだと言うのか。
そして、シルヴィア様は、また明日とも言っていた。ならば、俺は天界の使いが誇れるような決闘をせねばなるまい。
「セバスチャン!」
俺は自室のドアをあけ、ホムンクルスの名を呼んだ。
「いまから剣の稽古をはじめるぞ! いつもより少し強めにと言ったが、あれは訂正しよう。いつもよりかなり強めにだ!」
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