その8
「ただ、わかっていただきたいのですが。私は休戦協定を守ります。それに、私は魔族の皆様に、何か敵意を持っているわけではありませんので、その点はご心配なく」
「はあ」
アーサーの自己紹介に、エイプリルがとりあえずという感じで返事をした。そのまま俺のほうをむく。
「それでは、さきほど、何やら緊迫した空気が漂っていたのは」
「あれは家柄や種族といった話は絡んでいない。個人的に、ちょっとした力比べをしたくてな」
「そうそう。魔界大戦とは一切関係がありません」
俺の返事にアーサーも同意した。妙なところで気が合う相手である。
「では、やっぱり決闘なのですね」
呆れたように言ったのはシルヴィア殿だった。それとはべつに、エイプリルが嬉しそうにする。
「すると、エイブラハム様の勇姿が見られるのですか?」
「いや、べつに、見世物というわけではないのだが」
「それでも見たいのです」
エイプリルがアーサーのほうをむいた。
「アーサー様に質問です。人間世界では、こういうとき、どういう作法で決闘を行うのですか?」
「は? あー、そうですな」
アーサーが少し考えた。
「まあ、いきなりというのは、お互い、用意もできておりませんので。後日、あらためてというのが基本です。場所も、ここでは被害がでますので。どこか広い場所で」
「だそうですエイブラハム様」
エイプリルが俺に笑顔をむけてきた。――まあ、いいだろう。実を言うと、俺も本当の決闘を行うのははじめてだったんだが、これもいい経験になるはずだ。道場での稽古だけでは覚えられるものにも限界がある。俺はアーサーに目をむけた。
「それが人間の決闘の作法だというのなら、私も合わせるとしよう。明日ということでよろしいか」
「いいだろう」
俺の申し出に、アーサーもうなずいた。
「では、決闘の場所は、君が指示してくれ。君は俺たち人間の作法に合わせると言ってくれた。今度は俺が合わせよう」
「よかろう。広い場所は探しておく。それから武器は?」
「斬れぬものにしておくか。本当の殺し合いをしたら問題になる」
「なるほど。話はわかったが、予想外の事故には注意しておくことだな。私がその気になったらストーンゴーレムを素手で粉砕できる」
「気にしないことだ。その程度の技は我が家にも伝わっているし、防ぐ術も心得ている」
「それにしてもすごいですね」
シルヴィア殿が感心したようにつぶやいた。
「魔界の宰相のご息女と、魔将軍の跡継ぎと、魔王を倒した勇者の子孫が一堂に会して、しかも、そのうちのふたりは決闘の約束ですか」
自分が女神の眷属だということは棚に上げて言ってくる。俺はうなずき、視界の隅でアーサーが少し表情を変えた。何か気づいたような顔で、メアリー様たちに目をむける。
「ということは、こちらの淑女の皆様は、転校生のシルヴィア様以外、エイブラハム殿とは旧知の仲ということで?」
「「「ええ、その通りです」」」
メアリー様とエリザベス様、エイプリルがうなずいた。シルヴィア殿だけは首を動かさなかったが。
「すると、今日、皆様と初対面の俺は部外者ということになりますな」
アーサーが苦笑いをしながら頭を掻いた。
「では、俺はこれで失礼します。あとは皆様で仲良くやってください」
アーサーがメアリー様達に会釈をして背をむけた。
すぐに俺のほうをむいた。
「明日の決闘は楽しみにしているぞ」
「貴公は何か勘違いをしているのではないか?」
アーサーの言葉に、俺は冷ややかな視線を送った。
「決闘を楽しむとは、我らのような魔族が口にするセリフのはずだ。和平を求めて剣を振るった勇者の子孫が言うことではないぞ」
これでアーサーが眉をひそめた。俺はあたりまえのことを言ったつもりだったのだが。アーサーが、そのまま、何も言わずに俺から視線を逸らして去っていく。さすがに今回は切り返す言葉がでてこなかったらしい。
あとは、明日になってからだ。
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