その9
「あの、エイブラハム様?」
アーサーの後ろ姿を見ている俺に、メアリー様が声をかけてきた。なんだか不安そうである。
「決闘なんて、恐ろしくはないのですか?」
「ああ、安心してくださいメアリー様」
俺は笑顔でメアリー様のほうをむいた。
「私は魔将軍フレイザー家の跡継ぎです。戦うことなど、日常と変わりません」
そうだ。恐れるなエイブラハム・フレイザー。貴様は魔王様に忠誠を尽くす魔将軍の跡継ぎとして生まれた栄誉ある魔族なのだ。自ら喜んで戦いに身を投じ、いずれは戦場で果てる。それこそがこの俺の歩くべき道。
前世のような、周囲に怯えて生きる村娘と同じ醜態は、断じて晒してはならぬのだ。
「あ、それから、私はですね」
考える俺の前でシルヴィア殿が声を上げた。
「確かに私は今日、この学園に転校してきたんですけれど、実を言うと、いろいろありまして。エイブラハム様とは、かなり前からの知り合いなんです。アーサー様には説明する機会がありませんでしたけれど。それで、昨日、久しぶりに再会しまして。ですよねエイブラハム様?」
シルヴィア殿が俺に確認してきた。――まあ、嘘ではない。うまいこと要点を口にださないものだ。これは昨夜の、俺の前世については誰にも言わないという宣言を信用してもいいだろう。
「その通りです」
俺はうなずいた。
「昨夜、急に来訪されたときはかなり驚きましたが。シルヴィア殿も、今日から、この学園に通うのですか。では仲良くしましょう」
当たり障りのないように返事をする俺にシルヴィア殿がほほえみ、それとはべつに、エイプリルが少し不思議そうにシルヴィア殿を見つめた。
「シルヴィア様はエイブラハム様とは、古くからの知り合いだったのですか。これは驚きました」
「あら、そうですか?」
疑問調に訊くシルヴィア殿に、エイプリルが真顔でうなずいた。
「実を言うと、はじめて見たときから、私はあなたに特別なものを感じていましたので」
一応は礼節を尽くしているが、なかなかに核心を突く言葉を口にしてきた。なるほどな。俺がシルヴィア殿を見て、すぐ天界のものだと気づいたのと同じだ。エイプリルもわかっていたらしい。
「特別なものとは、なんでしょうか?」
相変わらず、笑顔で聞き返すシルヴィア殿だった。これでエイプリルが考えこむような表情をする。
「そうですね。私やエイブラハム様のような魔族とは正反対で、神の御技に長けているように見えます。チャーチというファミリーネームは形だけのものではないようですね。だから、魔将軍の家柄であるエイブラハム様と古くからの知り合いだということに驚いたのです」
天界のものだとは言わずに話をするエイプリルだった。シルヴィア殿が考えるような顔をする。
「まあ、神の御技も、少しは使えますね」
少ししてから、シルヴィア殿が笑顔で返事をした。
「たとえば、誰かの前世を占う、くらいのことは可能ですが?」
まずい! これは何かおかしなことになるかもしれん。焦る俺の視界の隅で、メアリー様がびくっと震えたのはなんだったのだろうか。
「へえ、おもしろそうですね」
俺の真意に気づかぬ調子で、嬉しそうにエイプリルが両手を合わせた。
「では、さっそくですが、私の前世を占っていただけますか? 興味があります」
「ええ、かまいません」
あ、ありがたいことに、ちょっと違う方向に話が逸れてくれた。内心、ほっとなる俺の前で、シルヴィア殿がエイプリルの顔を見据える。
そのまま、十秒ほどしてから、シルヴィア殿が驚いたように目を見開いた。
「これは驚きました。エイプリル様には前世がありません」
「は?」
この返事に、エイプリルも妙な顔をした。
「それはどういうことなのでしょう?」
「言葉通りの意味です。エイプリル様の魂は、いままで、ほかの人生を歩いてきた魂のリサイクルではなく、今回、はじめてつくられたものです。エクストラバージンスピリットとでも言いましょうか。珍しいですね。私もはじめて見ました」
オリーブオイルのようなことを言ってくる。その説明を聞いて、エイプリルも納得したようにうなずいた。
「そういうことでしたか。まあ、はじめてというのは光栄なことかもしれませんけど、何も情報がないというのはおもしろいものではありませんわね」
「残念ですが、本当のことなので」
「でも、おもしろい力を持っているのですね」
と、声をかけたのはエリザベス様だった。そのまま、隣に座っているメアリー様に笑顔をむける。
「どうでしょうメアリー様、だったら、私たちも前世を占ってもらうというのは」
「私は遠慮しておきます!」
どうしてだか、らしからぬ表情でエリザベス様の申し出を拒否するメアリー様だった。エリザベス様も驚いた顔をしているが、まあ、これはちょうどいい。
「メアリー様が遠慮するなら、私も遠慮しておきましょう」
俺も大仰にうなずいて見せた。話を合わせていますという態度をとる俺を見て、シルヴィア殿がほほえむ。なるほど、そうくるわけですね。――そんな目で俺を見ている。いや、視線の角度が少し違うようだった。俺だけではなく、メアリー様も見ているのか? どうしてだ。心の奥底で妙な疑問が小さな声でささやいたが、俺は無視することにした。
「それに、前世よりも、私には明日の決闘のほうが重要ですからな。そちらに集中したいと思います」
俺の宣言に、メアリー様が顔を上げた。心配そうな視線を俺にむけてくる。
「あの、どうか、お怪我はなさらないように」
相変わらず、お優しい方だ。その言葉だけで、この俺の心がどれだけ癒されるのか、メアリー様は気づいていらっしゃるのだろうか。
「で、どういう決闘をされるのですか?」
と、ここで口を挟んできたのはエイプリルだった。
「やはり、魔道と武器の両方を使った戦いなのでしょうか?」
「それをやったら人間は死んでしまうぞ」
俺はエイプリルに笑いかけた。
「面倒事にはしたくないし。魔道はなしがいいだろう」
「では、武器は何を使うのでしょうか?」
「そうだな。鍛錬用の刃引きした剣――いや、メイスにしておくか。あれで気絶するまで殴り合いでもすれば、あの男も自分の打たれ弱さを認めざるを得なくなるはずだ」
「まあ、頼もしい」
エイプリルが俺を見ながら両手を合わせた。戦いを楽しむのは魔族の本能だからな。対して、メアリー様とエリザベス様は心配そうにしている。やはり人間の女性は違うな。なるべく悲しませぬように、早い時間で蹴りをつけたいものだ。
「それにしても、明日は大変なことになりそうですね」
シルヴィア殿が俺を見ながらつぶやいた。こちらは目が笑っている。
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