その6

「それが何か?」


 一方のシルヴィア様は、なんでもないという感じで私に聞き返してきました。実際、なんでもなかったのでしょう。シルヴィア様にとっては他人事ですから。私にとっては一大事でしたが。


「あ、あの、念のための確認をします。私は前世のことを思いだしました。あの記憶は本当のことなのですね?」


「ですよ? まあ、人間ですから、多少の記憶違いはあるでしょうし、まだ思いだせてないこともあるかもしれませんが」


「やはりそうなのですか」


 うつむく私にシルヴィア様が近づいてきて、軽くかがんで、私を見上げました。


「肌の色が気に入りませんでしたか?」


「そういうことではありません! 人種差別など、蛮族のやることです。私は、自分が前世でアジア人でも気にしたりはいたしません」


 大体、そんなことを言ったら、エイブラハム様のような魔族は肌の色が紫だったり青だったり、かなり特殊です。そんなことで差別などをしたら第三次魔界大戦が勃発するでしょう。この世界はまた平和を失うことになります。


 顔を上げた私を見て、シルヴィア様が不思議そうにしました。


「じゃあ、どうして困った顔をしているのですか?」


「問題はそんなことではないからです」


 私は頭を抱えました。この私が、昔は、あんな、淑女に対する紳士の礼儀も知らないような、スカートめくりなどをやって、いたいけな少女を泣かせて、他人の家に、ジュースの空き缶を投げ入れて、反省もせずに笑っていたような犯罪者だったなんて。


「未成年だから犯罪じゃないですよ」


 考える私にシルヴィア様が言ってきました。またしても私の考えを読んだようです。


「それに、前世がどうとかなんて、気にすることないじゃないですか。メアリーさんだって、通っている学園の友人たちと、占いの本を持ってきて、自分の前世が魚だとかリスだとかやってるでしょうに。何をいまさら」


「そういう問題ではありません。私は、前世のことを本当に思いだしてしまったのです。それが、いま考えたら、どうしてあんな愚かしいことをやっていたのか、私にもまったくわからなくて。とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて。しかも、あんな、ほとんどの女性から見むきもされないような顔つきで」


「あれはあれで、一部の女子の好みにはバッチリ合ってたんですけどね。前世のあなたは気づいてなかったようですけど」


 シルヴィア様がおかしなフォローを入れてくれましたが、私はそれどころではありませんでした。シルヴィア様が不思議そうにします。


「前世を思いだしたことが、そんなに困ることだったんですか?」


「だって、私は男だったのでしょう? いまの私の人生は何も変わることがないとシルヴィア様はおっしゃっていましたが、それでも、つい、男としての態度がでてしまうかもしれないと思うと、不安で不安で」


「まあ、まったくでないとは、私も言い切れませんね」


「ほらやっぱり! それで、何か変な目で見られてしまうとか、そういうことを考えてしまうと、私はおかしくなってしまいそうです」


 特に、エイブラハム様に知られてしまったら、私はおしまいです。考える私を見て、シルヴィア様がおもしろそうに笑いかけました。


「ははーん、なるほど。やっぱり、年頃の乙女というのは大変なんですね」


「笑いごとではありません! お願いですシルヴィア様。どうか、このことは、絶対に人には話さないでください、そう約束してくださいませ」


「――あのー」


 シルヴィア様の笑顔が、少し困ったようになりました。

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