その5
「はあ」
「まあ、このへんの話を突き詰めて行くと、前の世界だって、本当に存在するのかどうかなんて、はっきりしませんからね」
言ってから、シルヴィア様が少し考えるように首をかしげました。
「そうですね。ついでだから、もう少し細かく説明しましょうか。量子理論というのがあるんですよ。簡単に言うと、極微の世界では、粒子は確率的に、どこにでも存在して、好き勝手にやってるんです。観測すると大人しくするんですけどね。小学校の自習の時間の生徒さんたちみたいなもんです。先生がくると静かになるんですけど」
「そうなのですか」
正直に言うと、シルヴィア様の説明は、さっぱりわからないレベルになってきました。たぶん、とても頭のいい学者たちが考える話を私は聞かされているのでしょう。だからと言って理解不能という顔をするのも失礼だと思い、私はつづけてシルヴィア様の説明を聞くことにしました。
「これは極端に言うと、世界中の人間が死滅すれば、その人間たちが住んでいた世界も消えるということです。観測者がいませんから。世界は人間という観測者がいるから存在するんです」
と言ってから、シルヴィア様が私に笑いかけました。
「わかったような顔をしていますけど、わかっていませんね?」
「え」
そうでした。シルヴィア様は、さっきから、私の考えを読むような態度を何度もとっています。今回もそれをされてしまったようでした。慌てる私を見ながら、シルヴィア様が少し考えるような顔をします。
「まあ、あなたは前のときも、十五歳で他界しましたからね。こういう話に興味はなくても仕方がないでしょうし。――えーとですね。要するに、誰も読もうとしない小説は連載を打ち切られるって言ってるようなものですよ。この世界はそういう理屈で動いています。このたとえ話ならわかりやすいでしょう?」
「あ、それなら、私にもわかります」
私はシルヴィア様にうなずきました。なるほど。世界とはそういうものだったのですか。
「ですが、あの」
私はつづけて質問せずにはいられませんでした。
「人間が死滅するというのは」
「あー、安心してください。いまのもたとえ話で、基本的には死滅しませんから」
明るい顔でシルヴィア様が否定してくださいました。
「これは人間原理って言うんですけどね。この世界は、最初から人間が生まれてくるようにつくられているんです。そうそう簡単に死滅はしません。万が一、死滅しても、どこかべつの星で生まれてきますから。宇宙は広大ですし。そもそも、あなた方がいなくなったら私たちは失業です」
「――まあ、確かに、そうなると思います」
私はシルヴィア様にうなずきました。笑顔でシルヴィア様が立ち上がります。
「じゃ、一通りの説明はしました。そういうわけですから。これからも、ときどき見にきますけど、あとは楽しくやってください、メアリーさん。それでは」
「え、あ、あの、少し待ってください」
明らかに帰ろうとする態度のシルヴィア様に私は声をかけました。ちょっと意外そうにシルヴィア様が私のほうをむきます。
「必要なことは全部説明したと思ったんですけど。まだ何かありましたか?」
「あ、いえ、とにかく説明は聞きました。私の前世のことも、この世界のことも。それについては、もうわからないことはありません」
「ではなんでしょうか?」
「私の前世が男だった、ということです」
私の声は震えていたかもしれませんでした。
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