その4

 

 

        2 メアリー・クレメンス




「いままで、どうしてだか、私も気づきませんでした。この世界はどうも不自然です。私はツイン学園の校外学習で、この国の軍事演習を見学したことがあります。レーザーライフルを使ったドラゴン騎士団の模擬戦は素晴らしいものでした。ですが、この国には戦車が存在しません。空飛ぶほうきと絨毯は存在しますが、飛行機はありません。箸を使って食事をする作法は存在しませんが、今日の私の昼食は、サンマの塩焼きのサンドイッチと豆腐のお味噌汁でした。そういえば、私のお祖父様は去年、人間ドックに入ってCTスキャンを受けています。かかりつけの魔法医師は漢方薬を処方するだけなのに。ここはどうなっているのです? まるで科学の進歩がごちゃまぜになっているようで。前に私がいた世界の感覚では考えられないことになっているのですが」


「あー、やっぱり前世のことが思いだされると、そのへんが気になってきますか。そういう人もいるんですよね」


 感心したように、ひとり言のようにシルヴィア様がつぶやきました。


「それだけではないでしょう? さっき私が言った、白人6、中南米2、黒人1、その他1という人種の割り合いも、前の世界の、二十一世紀初頭のアメリカを踏襲しています。さらに言うなら、この世界は電気、ガス、冷暖房、上下水道完備。公衆トイレでも二時間ごとに点検、清掃が入りますし、ウオッシュレットとアルコール消毒が普通に備えてあります。文明レベルや経済、衛生観念は、同じく二十一世期初頭の日本とほぼ同レベルのはずですね。非常に暮らしやすいと思いますよ。財布を落としても、中身が入った状態で戻ってきますし」


「ですから、どうしてかとお尋ねしているのです。こんな――」


 私は自分の服装を見ました。白いナイトドレスです。昼に外へでれば、騎士の皆様がサーベルを腰に差して巡回しているし、何か問題が起こると、決闘になることもあります。まあ、これは珍しい部類に入りますが。それから、郊外の森にはエルフが、鉱山にはドワーフが暮らしています。さらに国境を越えると、オーガやサイクロプスといった、恐ろしいモンスターも出没するそうです。私は魔導協会でヒドラの剥製を見たことがありました。


「なんと言いますか、五百年以上も前に廃れたはずの、中世の文化や、それ以外の、空想上の産物だったはずのものが、普通に存在していて」


「あなた方がそういうふうにこの世界をつくったんですよ」


「――は? つくった? 私たちが?」


 訳がわからず、私はオウム返しに訊き返してしまいました。シルヴィア様が、今度は笑顔ではなく、真顔でうなずきます。


「あなたが前にいた世界には戯曲がありましたね? 要するに、演劇、ドラマといった娯楽です。それから、ライトノベル、漫画、アニメ、ゲーム。ずいぶんたくさんありました。で、こういったもので楽しんだ人間、あるいは、制作に携わったスタッフたちは、大なり小なり思ったはずです。実際に、こういう世界へ行ってみたい。ただし、本当の中世は駄目だ。あんな不衛生で治安の悪いところへ行ったらすぐに死ぬ。だから、都合のいいところだけは中世で、都合の悪いところは現代の文明で補った、理想の世界が存在して欲しい。――どれだけの人間が望んだのか、私もはっきりとは確認していませんけど。ほかにも、俗に言う発展途上国の人間は、もっといい生活がしたいと、常に考えていたことでしょう。これは人間以外の、野生の環境で生きていくしかない動物たちも同じだったと思います。そういった欲望――失礼、言い方を変えましょう。そういった希望が、別時空にこの世界を構築させたんですよ。確か、カール・グスタフ・ユングという心理学者の仮説にも、似たような話がありましたね。『人間の想像したものが実体として、現実世界に投影される』でしたっけ」


「はあ」


「だから、そうですね。この世界は、別時空の知的生命体がつくり上げた、スカイヘアーみたいなものだと思ってくれればいいですよ」


 またよくわからない言葉がでてきました。とりあえず、スカイヘアーはいいとして。


「すると、この世界は戯曲や小説のような架空の存在で、本当は存在しないのですか? 私はそのなかの登場人物で、いまも、どこかで誰かが、私の言葉を文章として読んでいると?」


 とてもそうは思えません。私の疑問に、シルヴィア様が苦笑して手を左右に振りました。


「さっき言った戯曲がどうとかっていうのは、この世界をつくり上げるきっかけになったっていうだけの話です。この世界そのものは実在しますよ。それから念のために言っておきますけど、ここはVRMMORPGのような電脳空間でもありませんから。あなたは生身の人間です。さっきも言ったように、チート的な能力はありませんし、物語の主人公でもありません。死ぬときは本当に死ぬし、ステータス画面もでませんから。自分の能力が知りたかったら、学園の身体測定と体力測定でどうぞ」

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