その3

「――ええ、まあ」


 と、私は返事をするしかありませんでした。これが簡潔な説明なのでしょうか。かなり長く話していたように思うのですけれど。


「それで、あなたはメアリーとしての人生を歩いたわけです。今日まで。十六歳の誕生日の一日前まで。前のとき、あなたはここで亡くなったのですよ」


「あ、そうだったのですか」


 私は死んだ瞬間を思いだそうとしましたが、うまく行きませんでした。あとで冷静に考えてみると、そのほうがよかったかもしれません。


「それで、今日、私がきたわけです。あなたの要望通りに、きちんと人生はやり直せたはずです。前のときの人生と同じ時間だけ。これについては満足ですか?」


 シルヴィア様の質問に、私はあることを考えてしまいました。


「ああ、そんなに怯えた顔をしなくても大丈夫ですよ」


 シルヴィア様が笑顔で手を左右に振りました。思ったよりフレンドリーな女神様だったようです。


「やることはやりましたから。はいこれで終了。死んでもらいますネってつもりできたわけじゃないです。そうじゃなくて、このあとどうするのかって聞きにきたんですよ。あなたの考えを知りたいと思いまして」


「――そんなの、これからも、私はメアリーとして生きていくしかないではありませんか」


 私はそう言うしかありませんでした。メアリー以外の人生を選ぶと言ったら、今度はどうなるのか想像もつきません。というか、想像はつきます。いままでの人生の反対なのですから、単純に考えて、黒人奴隷の人生を歩くことに。いまが女性ということは、今度は男として肉体労働を強制させられる人生になるはずです。


 そんなの、それこそ本当に死んでしまいます。


「ああ、やっぱり前世の記憶と、少しごっちゃになっていますね」


 またもや私の心を読んだのか、シルヴィア様が苦笑しました。


「よく思いだしてください。この国に、奴隷が存在しましたか?」


「え? ――あ、そういえば」


 一瞬考えてから、私は自分の勘違いに気づきました。この国には、正当な報酬をもらって働く労働者はいますが、奴隷は存在しません。ホムンクルスやゴーレムは無償で働きますが、あれは機械と同じで、定期的なメンテナンスを受けていれば、それ以上の不満は言わないようにつくられています。


 思い返している私に、シルヴィア様が笑いかけました。


「なので、もし、いまの人生を否定しても、それほどひどいことにはならなかったんですよ。まあ、お姫様あつかいされることはなくなるだろうと思いますけど」


「そうだったのですか」


 シルヴィア様の言葉を聞いて、私はほっとしました。もちろん、私はこれからもいまの人生を歩むつもりではいましたが。


「そうですね。いま、私は記憶が混乱しているのかもしれません。あとで、あらためて、この世界のことを確認しておかなければ」


 言いながら私はベッド脇のスマホに目をむけ――ここで、さらにおかしな点に気づきました。私がこの世界で物心ついたときからスマホはありました。ですが、パソコンを見たことがありません。私は天井を見上げました。照明はLEDです。ですが、蛍光灯を見たことがありません。ツイン学園の登下校で、私はロボット馬車に乗ります。ですが、自動車を見たことがありません。


「シルヴィア様」


 私はシルヴィア様を見つめました。シルヴィア様は、相変わらずの笑顔です。


「なんでしょうか?」


「私が転生したこの世界は、どうしてこんなにおかしいのでしょうか?」


 この世界は、あるべきものがなくて、ないはずのものが、あたりまえのように存在していたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る