その2

「あの、女神様?」


 少しして、私は、私を見つめている女神様に声をかけました。女神様が苦笑します。


「信用してくれたようですね。でも、私のことはシルヴィアでいいですよ」


「そうですか。では、お言葉に甘えて、シルヴィア様? いま思いだしたのが、私の前世だということは認めます。思いだした以上は、過去に私が経験したことなのでしょうから。ただ、いくつか質問があります。なぜ私は生まれ変わったのでしょうか?」


「あ、そのへんは、まだ思いだせてないんですね」


 女神様――ではなくて、シルヴィア様が、ちょっと意外そうな表情を見せました。


「あのとき、友達の女の子をかばって亡くなったあなたの魂がフラフラしていたから、私が父の命令で迎えに行ったんですよ。そうしたらあなた、十六歳の誕生日も迎えてないのに成仏するなんて嫌だーって、さんざん喚き散らしまして。おまえ女神ならなんとかしろ、人生のやり直しを要求するって、うるさいのなんの。私が、天界もいいところですよって言ってるのに全然聞こうとしないでごねまくって。で、ちょうど転生枠にいくつか空きがあったから、そっちにあなたの魂をまわしたんです」


 なんだか、ひどいことを言ってきました。


「ごねたのですか? この私が?」


「ええ、すごかったですよ。私も正直、こんな魂は天界に連れて行きたくないって思ったくらいですから。――あ、それから念の為に言っておきますけど、あなた、何か特別な資質があったから転生したとか、そういうのじゃありませんから。転生枠って、ガチャでランダムで適当なので。アルバート・アインシュタインっていう博士は、『神はサイコロを振らない』なんて言ってたそうですけど、実は振るんですよ」


 最後のほうは、よくわからない話でした。まあ、それはいいのですが。


「ではシルヴィア様? つづけて質問をします。私は前世で、確かに男でした。そしてそのことを、いま、思いだしました。それで、このあと、私は――なんというか、その、とても雄々しい性格になるとか、恋愛対象が女性になるとか、男の心なのに女の身体であることに悩むというようなことは」


「あ、それはないから安心してください」


 あっさりと笑顔で否定するシルヴィア様でした。


「人間の思考や性格、好き嫌いの感情なんていうのは、簡単に言うと、脳内の化学反応が生みだす現象ですから。で、その脳っていうのは、先天的な遺伝子配列と、後天的な教育や外部からの刺激、体内から分泌されるホルモンで形成されます。で、あなたは完全な女性として生まれてきました。染色体はダブルX。周囲のあなたへ対する環境も、もちろん女性に対するものです。ですので、何も変わることはありません。あなたは失っていた記憶を取り戻しただけです。これ以降、異性を見る目が多少は変わる可能性がありますけど、これは誤差の範囲内ですから。新しい人生経験から学習したものだと思ってください」


「そうなのですか」


 やっぱりシルヴィア様の言うことは、途中から難しい話になっていきます。そちらは理解できませんでしたが、私自身が変わらないということについてはほっとしました。


「では、あの、さらに質問です。どうして、いまになって、急に私のもとへきてくださったのでしょうか?」


「アフターケアですよ」


 なんでもない調子で言いながら、シルヴィア様がちらっと横をむきました。机の横にあった椅子が、音もなく、滑るようにシルヴィア様のそばまで移動します。


「ちょっと失礼して」


 言いながらシルヴィア様が椅子に座りました。立ちっぱなしでの会話が面倒になったのかもしれません。


「ああ、もちろん、どうぞ」


 シルヴィア様に言い、私もベッドに腰かけました。


「まだ完全に思いだせていないようなので、簡潔に説明します。さっきも言いましたけど、あなたはあのとき、十六歳の誕生日も迎えないで死ぬなんて人生はまっぴらだ。一からやり直したい。いやゼロからだ。とにかく最初からなんとかしろ。――こんなことを、さんざん喚いたんですよ。だから私も、とりあえず言われた通りにしました。そのために、まずは記憶をリセット。ゼロからやり直すってのはそういうことです。それから、やり直す以上は、過去のことはすべて払拭しなければなりません。なので、前世のあなたがアジア人だったことを考えて、これからは白人として生きてもらうことにしました。黒人にしなかったのは、こっちも、あなたが前にいたときの世界と同じで、白人6、中南米2、黒人1、その他1という人種の割り合いだったからです。まあ、これは確率の問題なので、特に何か意味があったわけではありません。それから、過去のあなたは男でした。なので今回は女性に転生。前のあなたは、なんの地位もない庶民でしたね? ですので、いまは爵位を持つ貴族階級という立場を差し上げたわけです。それから、あなたの住んでいた国は日本と言って、科学は進んでいましたが、魔法はありませんでした。そこで今回は、魔法の存在する世界にきてもらったわけです。あ、それから、あなたには、チート的な能力はまったくありません。なぜかというと、あなたが前にいた世界では、そういう概念があたりまえのように横行していたからです。ですから、その反対で、あなたは無能力ということにさせていただきました」


「はあ」


「というわけで、最後の無能力はともかく、それ以外の点では、前よりはかなりましな人生をセッティングしたと私も自負しています。ここまではよろしいですか?」

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