第8話 家に帰っても

 二人に手を振って電車を降りた。母親の方と仲良く話しているのを見て、害はないと思ってくれたのか、ちーちゃんの娘は去り行く俺にも小さく手を振ってくれた。

 タイミングがいいのやら悪いのやら。夢見た後に本人の母親に会うなんて。

 相変わらず、ちーちゃんと似ていて母親の方も老いを感じさせないほど美人だ。いや、違うか、ちーちゃんの方が母親に似たのか。そんなことを一人ホームで考えながら、改札口へと向かっていく。そこで歩きながら、ふと思ったことがある。

 また会ってやってね。

 ちーちゃんの母親はそう言っていた。


「……また?」


 またというのはいつのことを言っているんだろう。ちーちゃんとは小学校も違えば中学校だって違う。二人で会うことなんてなかったし、覚えているのは小学校の低学年の時に母親の友人と子供たちで遊びに行った時くらいだろうか。

 何回も行っていたし、母親同士が話しているときは二人で遊んだこともある。だがそれは十歳にもならない幼少期のことで、またと言える範囲のものだろうか。


 それとも、高校時代俺とちーちゃんが、仲が良かったと思っていたのだろうか。

昨日の夢から、ちーちゃんに関することが気になって仕方がない。深く考えていると気付けば家に着いていた。


「あっ……」


 駅から家までの数分、道筋も覚えていないくらい自分の世界に入っていたことで、少し背徳感を覚えてしまった。今更になって高校時代の後悔が付きまとってくる。


「はぁ」


 大きくため息をついて家の扉を開けた。部屋には昨日の夜に見ていた高校の卒業アルバムが枕元に置かれていた。そのまま寝てしまい、朝は時間がなく放置していたんだった。

 その卒業アルバムを片目に上着を脱いで、スマートフォンをベッドの上に放り投げる。

 飯も済ませたのでそのまま風呂へと向かう。熱いお湯で酔いがすっかりと覚めてくる。

 お風呂を出ると髪を乾かしてパジャマへと着替える。時計の針は十時半を指していた。


 ベッドの上に座り込んで、スマートフォンを見る。メッセージは一件、祈莉からだ。


『今日はごちそうさまでした。また行きましょう』


 しっかりとお礼のメッセージが届いていた。こういうところは律儀なんだよなあいつ。

 あっさりとした返事をすると、そのままベッドに寝ころび、スマートフォンをいじる。

 寝る前に明日の天気やニュースを一通り見ておくのが俺の日課だ。画面をスクロールしているとふと思い出す。


「やべ、加藤に同窓会の返事しないと」


 先週、同窓会の参加、不参加のメッセージが友人から来たことを思い出した。

 インターネット画面を閉じて電話帳を開き、名簿を見ていく。


「えっと、加藤、加藤……あれ……」


 電話帳をスライドしていくと、見たことのある名前があった。それも、この電話帳にあるはずのない登録だ。

 慌ててスライドを戻して確かめる。そこには何故だろう、ちーちゃんの名前が登録されていた。当然名前だけではなく、電話番号まで。

 その文字と数字に眉間にしわを寄せ考える。高校時代に直接話した記憶はないし、卒業後も会った記憶がない。そもそも交換した記憶がない、それなのに。


 高校時代の俺なら喜んで受け入れていたことだろう。ただ今は違う、不思議を通り越して不気味にさえ思えてくる。もしかして、妄想を逸脱しすぎて自分で作り上げてしまった幻想なのかとも自分を疑う。

 怖い、怖い。

 俺はそっと、電気を消してそのまま眠りについた。昨日からちーちゃんに対して思っていたことが自分を変えてしまっているのかと思う。

 お酒も入っていたので、今日は疲れているんだと自分に思い込ませて。

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