第9話 再度、夢の中へ
周りのにぎやかな声に目覚めるとそこには、また懐かしい光景が広がっていた。
現実では十年以上前に見てきた光景だが、夢の中をカウントするなら、懐かしさを忘れてしまう。そう昨日夢で見た高校時代の教室と三年間着ていた制服の生徒たちだ。鞄を持って教室を出る生徒もいれば、そのまま教室で話している生徒もいる。黒板の上に置かれた時計を見る限りホームルームが終わり、放課後になっていた。
「部活行かねえの?」
隣の席の木村に肩をたたかれた。
「え、あぁ、行くよ」
動揺もあったが、とっさにそう答えてしまった。
うつ伏せで寝ていたせいか、足が痺れてしまっている。夢でも神経感覚はあるんだな。
鞄を持って木村と一緒に教室を出て下駄箱へと向かう。言われるがまま着いて行ったものの昨日と違って、日常生活のように受け入れてしまった。
二日連続で高校時代の夢を見るなんて、やっぱりこの時代に未練が残っているのかもしれない。それに普段の夢と違って自分自身の意思で行動できるなんてまるで現実世界だ。
下駄箱に着くとそこにはスリッパから靴に履き替えようとしているちーちゃんの姿があった。昨日の夢から現実でもその話ばかりしていたので、目で追ってしまっているのかもしれない。
その姿を見て自分でも口元が緩んでしまっているのが分かった。現実では会えない、会っても話せない。でもこの世界なら話せるということからなのだろうか。
「どした?」
足を止めていた俺を見て木村はそう言った。
「あ、先行っといて、すぐ行くから」
別に見られててもいいんだが、邪魔をされたくない。昨日の俺と違って今日は緊張しないで行ってやる。夢とわかってれば失敗なんて恐れない。
靴を履き替え終わり、そのまま外に出ようとしていたちーちゃんを呼び止める。
「あ、あのさ……」
まただ、昨日と同じく失敗を恐れないと思っていたのに、名前さえも呼べない。
しかし、そのかすかな言葉に振り向いてくれた。
「あれ、どうしたの、ゆきくん」
優しい声で一歩寄ってきてくれた。
ゆきくん? なんだ、そんな仲になっていたのか。いつの間に。
呼び止めたのはいいものの、特に何か用あって呼んだわけではない。
「あ、えっとさ……」
夢の中なのに全身から冷や汗をかいていく実感がある。
目の前のちーちゃんは何一つ困ることなくこっちを見ている。俺は頭をフル回転させて言った。
「そういえば野球部のマネージャー誘われたんだってね」
咄嗟に出てきたのは、高校時代に噂になっていたこと。
入学式が終わり二週間が経過したころ、野球部の顧問が直々にマネージャーをやってくれないかとちーちゃんに懇願してきたのだ。
怖いと有名だった野球部の顧問だったので、自ら女子生徒に声をかけるなんて、当時はどちらも関係ない俺にだってその噂が回ってきたもんだ。
まぁ、うちの野球部は強くはなかったけど、勝てばテレビにも映るであろう女子マネージャーは可愛い子を置いておきたかった気持ちはわかる。
突然出た当時のことに俺は少し安心していた。話す話題ができたと。だが、目の前のちーちゃんはそうじゃなかった。
眉間にしわを寄せて少し怒った表情をしていた。
「なんで知ってるの? 誰に聞いたの?」
一歩、一歩と距離を詰めてくる。触れそうな距離まで近づいてきた。
「あ、えっと、風の噂でさ、なんか野球部の顧問が新入生にマネージャー勧誘したって。ほら、うちのクラス野球部いるし」
実際その噂を俺は誰から聞いたかなんて、今は覚えていない。そりゃそうだ十年以上前のことなんか覚えてることもあるけれど、忘れていることなんてのがほとんどだ。
「そ、そんな噂になってるんだ、恥ずかしい。ちゃんと断ったのに」
さっきの表情とは打って変わって、紅潮させた顔を両手で抑える。
その表情を見て俺は少し心が軽くなった。当然、高校時代は話したことなかったし、今でも話すどころか会ってさえいない。だからこそ、この表情やしぐさがとてつもなく新鮮に見えたからだ。
「まぁ、可愛い子に声かけたんだよ。マネージャーって見栄えよくするもんだし」
その言葉で一瞬、時が止まったかのようにちーちゃんは凍り付いた。そして、俺は自分で言った言葉を今になってはっきりと実感する。とんでもないことを言ってしまったと。
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