第21話

 「お邪魔します」

 朝陽たちは脱いだ靴を揃えてから寿子の後ろを付いて歩くと、大きな窓がある部屋に通される。そこにはやや赤っぽい仏壇が鎮座しており、赤髪の中年女性がにこやかな表情で写っていた。

「こう見ると姉と同じ赤髪なんやね」

 寿子は懐かしげな視線を朝陽の頭部に向ける。彼自身誰に似たのか分からなかった髪質が、この女性から受け継いだものなのかと改めて思い知った。しかし似た部分を見つけたところで彼女が母親だという実感は沸かず、日向の方が多くを受け継いでいるように見えていた。

「日向との方が似ているように感じます」

「今となってはそうかも知れんわねぇ」

 寿子はそう言いながら急須にポットの湯を淹れる。朝陽はその間に仏壇の前に座り、線香を立てて手を合わせた。

「だって朝陽君も雪乃さんに似たところあるもの」

「母をご存知なんですか?」

「産科さんで何度かお会いしてるのよ。夏彦さんとの面識は直接無いけど、両親はいまいちな反応してたわね」

「そうですか」

 朝陽は用意された茶を一口すする。

「けどこうしてあなたにお会いできるとは思ってなかったわ」

「そうですね」

「私らも長らく忘れとったしね」

 寿子の言葉に朝陽はえっ? と聞き返す。そんな大事なこと忘れるのかと彼女の顔を見た。

「端からの感覚やと変かも知れんけどね、姉が連れて帰ってきたんは日向やし、一緒に生活しとったらそんなんどうだってようなるんよ」

「それもそうですね」

 存命の状態で会っていればどうなっていたかは分からないが、いざこうして“育つ”予定だった影山家を懐かしく思わない。影山つばきが実母であることに間違いはないのだろうが、血の繋がりだけで縁が決まる訳でもないのだなと感じていた。

「僕にとっては月島雪乃が母であるようです」

「それでええと思うよ、あなたを育てはったんは彼女なんやし。それでも多分線香を手向けに来てくれただけで姉は喜んでると思う」

「だといいですけどね」

 朝陽はほとんど見せない自然な笑みで頷いた。

 その後霊園にも足を運んだ三人は、墓の掃除をしてスイトピーの花を飾って手を合わせる。

「仏壇もそうでしたが、菊ではないんですね」

「うん。姉は生前から菊が苦手やってね、『見てると悲しくなる』って。それでウチでは菊やのうて一番好きやったスイトピーにしてるんよ」

「そうなんですね。母もスイトピーが好きでよく玄関に飾っていますよ」

「そう考えたら奇遇やね。夏彦さんを挟んだ妻と愛人いう立場でも、あの二人仲悪うなかったから」

 だからこんなことができたのか……正直に言ってしまえばはた迷惑な話なのだが、自分たちに限れば最良の選択だったのかもとさえ思えるようになっていた。

「ところでこの後どうなさるの?」

「少し観光したら東京に戻ります」

「それやったらもう一カ所付き合うてくれへん?」

 寿子はそう言って立ち上がり、朝陽を連れて霊園を後にした。彼女の車で向かったのは町の更に外れにある寂れた商店街で、一軒のうどん屋の暖簾をくぐる。

「こんにちは、ご無沙汰してます」

 店内の客はまばらではあったが、出汁の良い薫りが充満して自然と腹が空いてきた。

「いらっしゃい寿子ちゃん。今日は墓参りなんか?」

「えぇ。こっちに寄ったらここのうどんが食べたなるねん」

 寿子は空いている四人席に迷わず進み、奥から出てきた女性店員と談笑し始める。

「何かもったいない気もするけどね」

「まぁ後継者がおらんからしゃあないわ」

 店員からおしぼりを受け取った朝陽は、手を拭きながら壁に掛かっているメニューに視線をやった。この店の話は日向から軽く聞いており、ここの主人は四国のうどん名産地で修行を積んだとかでまぁまぁな人気店だと言っていた。

『案外素うどんが人気あるねん、トッピング頼んで自分流にするんや』

 そう聞いている通り、うどん以外にも百円前後の揚げ物の名がびっしりと並んでおり、そちらで迷ってしまいそうになる。

「すみません、トッピングのおすすめってありますか?」

「やっぱりかき揚げかなぁ」

 その言葉を受けて朝陽は迷わずそれに決める。寿子は揚げ卵、ボディーガードはちくわ揚げを頼む。

「姉はねぎが嫌いでね、ここやとねぎ入れんでええからお気に入りにしてたんよ」

「そうなんですね、僕もねぎは得意じゃないんです」

「うふふ、そういうところは似るんやね」

 寿子は対面の叶わなかった親子の共通点に笑みを見せた。

「日向はねぎが好きでね、うどんが見えんくなるくらいにトッピングしてるわ」

 日向の嗜好に雪乃の顔が浮かぶ。ホントだ……母もまた麺類には山盛りのねぎを乗せていたなと心の中で笑った。それからいくらも待たぬうちに素うどんとトッピング三人分が運ばれ、母の思い出が詰まったうどんを美味しく頂いた。

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