第20話
母子水入らずの正月を過ごした朝陽は、三ヶ日を過ぎてすぐ旅行がてら奈良へと向かった。一人で行ってもよかったのだが、一旦はメンタルシックと診断されているためボディーガードを連れての旅となる。
「せっかくですので多少の観光を……」
「用事を済ませてから存分に楽しもうよ」
朝陽はガイドブックを見せようとする彼を制止し、影山家と霊園の地図を広げた。現在影山家で暮らしているつばきの妹夫妻には連絡済みで、ついでに霊園にも案内してもらえる約束を取り付けている。
初めての奈良行きに朝陽は胸を弾ませていた。シビアな用事と言えなくもないが、ほぼ見ず知らずの実母がどういった景色を見てきたのか、どういった生活を営んでいたのかには興味がある。そのための資料集めとして、廃墟ビルの一件で本格的に交流を始めた日向から実家周辺の写真を何枚か借りていた。
『大した町とちがうで』
日向はそう言いながらも、実家近くの風景写真や催し物などの写真をチョイスして朝陽に持たせている。その時の思い出話などもいくつか聞いており、実家を訪ねた際に見て回ろうと考えていた。
その日向は美空と交際を始めており、正月は双方の実家を回って報告を済ませたと聞いている。精神的に安定した朝陽は今更恨むことも無く二人を祝福しており、ぽつぽつとやってくる職場関係の慰めメールもさほど気にならなかった。
京都で新幹線から私鉄特急に乗り換えて奈良に到着すると、三ヶ日を過ぎているせいかさほど混み合っていなかった。朝陽は早速タクシーを拾い、日向の実家の住所を告げる。
「あぁ、そこならウチの近所やで」
「そうですか」
「おぅ。あっこの息子さん、めっちゃべっぴんさん連れて帰省しとったわ」
「へぇ」
運転手は影山家と交流があると見え、訊ねもしないことをべらべらと話し出した。つばきが未婚の母として帰省してきたこと、その子供つまり日向が親子とは思えぬほど彼女に似なかったこと、噂によると首都圏の一流企業の御曹司と恋仲だったらしいだのと、朝陽にとっては耳障りな内容であった。
「ところであんさん、影山さんとこにはどんな用があんねや?」
「母の遣いです、昔お世話になったとかで」
「へぇ。けどつばきさん亡くなられてるで」
「いえ、
「あぁ、妹さんの方な」
運転手はそう言って以降、ほとんど喋ること無く淡々と運転をこなす。朝陽は暇潰しに外の景色を眺めていると、真新しい学校の前を通過した。そこは日向が通っていた小学校だか中学校だかと聞いていたが、校門の石柱以外は全て建て替えられていた。
『卒業制作の壁画ごと壊されてしもて』
日向は、それきっかけで話が出た同窓会に参加するために一時帰省していた。その際に父夏彦がつばきの死を知ったのを理由に訪ねてきたそうだ。当時は夏彦の実子と聞かされており、その時の対話に違和を感じて母の遺品を整理し直した際に朝陽の写真を収めたアルバムが出てきたと言った。
『特徴があまりにも違い過ぎて変やなって思って』
日向の母子手帳には不自然な修正があり、見つけたばかりのアルバムと照合した結果、取り替えがあったのではないかと仮説を立てた。つばきの子でないというのはどこかで覚悟していたが、取り替えられていたとは思いもよらなかった……日向の言霊は寂しげであった。
『ホンマやったら朝陽が受けるはずやったおかんの愛情を、俺が全部貰うてしもてるんやから』
「それは仕方ないよ……」
朝陽は奈良郊外の景色を眺めながら独り言を呟いた。
「着きましたよ、影山さん
タクシーはとある一軒家の前で停車し、運転手は朝陽に声を掛ける。それにはボディーガードが反応し、クレジットカードで運賃を支払っていた。反応が一歩遅れた朝陽はどうもと頭を下げてからひと足先に車を降りると、タクシーの音に気付いたらしき中年女性が玄関から顔を出す。
「月島朝陽さん?」
「えぇ」
「
つばきの妹寿子のどうぞに導かれ、朝陽は産まれて初めて実母の実家に足を踏み入れた。
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