第19話
美空と破局してすぐに年が明け、この年は雪乃とお手伝い二人で新年を迎える。成人してからは自宅で年を越すことがほとんど無く、おせち料理も約十年振りに口にした。
「今年は奥様お手製ですよ」
「えっ?」
朝陽はお手伝いの言葉に驚きの声を上げる。これまで母が台所に立っている姿を見たことが無いので、てっきり料理ができないものだと思っていた。
「いつの間に勉強してたの?」
「いえ、元はご実家のレストランでシェフをなされていたのですよ」
「ってことは、調理師の資格持ってるの?」
配膳をしている雪乃は照れくさそうにえぇと答える。
「ご結婚されてから表立って腕を振るわれる環境ではなかったんですよ」
お手伝いはそう前置きしてから昔話を始めた。
雪乃の実家はそれなりに食品メーカーで、ローカル展開ではあるが直営レストランを経営している。六人姉妹の長女に生まれた彼女は、実家の後継のため調理師になるための勉強を積んでいた。それが叶ってレストランで働き始めていたのだが、月島商事の御曹司つまり夏彦の妻候補に挙がったことで夢半ばで諦めざるを得なくなった。
「実家は妹夫妻が継いでくれているから問題は無かったの」
「けれどご自身で選んでおきながら、旦那様は奥様のやることなすこと全てを毛嫌いなされたのです」
お手伝いは思い出すだけでも腹立たしく思っている風で、これ見よがしに料理を棄てる、自身の私物を一切触らせないなどといった夏彦がしてきた嫌がらせを暴露し始める。
「旦那様は幼少期より性根に問題がおありでしたが、あそこまでのことをなさるとはほとほと失望致しました」
「でも皆さんのお陰で何とかここまで耐えられたわ。せめて朝陽のお弁当だけは作りたいって相談したら、夏彦さんの目を盗んで台所に立てるよう取り計らってくれたり。それ以外にも色々と助けてくれたのよ」
ぱっと見はほとんど何もせずにいた割には、お手伝いや執事たちとの折り合いが良かったのはそういうことだったのかと、今更ながら気付く朝陽は少々情けない気持ちになる。これまで母が他所他所しかったのは、父の妨害があって手を出せなかった側面もあったのかと不憫にさえ感じていた。
「ごめん母さん、全然知らなかったよ」
「謝らなくていいの、むしろ隠してきたことなんだから」
「でも僕は……」
「朝陽のせいじゃないわ。お弁当はいつもきれいに食べてくれてたからそれだけでも十分嬉しかったのよ」
雪乃は、お手製のおせち料理を盛り付けた重箱をテーブルの中央に置く。それは百貨店などで売っている高級なものと遜色無い出来映えで、苦手な食べ物が多いにも関わらずわくわくした気持ちになった。
「凄いね、改めて見ると」
「無理はしなくていいからね、苦手なもの多いでしょ?」
「いくつかは克服してるよ。頂きます」
朝陽は手を合わせてから、祝箸を使って行儀良くおせち料理を食べ始める。それを見てから雪乃とお手伝いもおせち料理を楽しんでいた。
「母さん、休職中のうちに奈良に行ってみようと思うんだ」
息子の言葉に雪乃は一度箸を止め、そうと答える。
「いい機会だから旅行気分を味わってきたら?」
「そうするよ、あと霊園の場所って……」
「後で地図をプリントアウトしておくわね」
雪乃は一気に成長を見せる息子を、寂しく感じながらも温かい視線を送っていた。
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