第16話
「そういえば今日って十二月二十一日だよね?」
「そうやけど、急にどないしたんや?」
憎しみを取っ払った二人の間に険悪な空気はもう残っておらず、初対面時に感じ合った親近感が蘇っていた。
「二十九年前の今日、僕たちは同じ病院で同じ時刻に産声を上げたんだ」
「あぁ」
二人は東の空でキラリと光る金星を見る。
「変だよね? 占いとかだとほぼ似たような運勢のはずなのに、僕たちは全く違う人生を歩んできているんだよ」
「そらせやろ、親が違うねんから」
「でもね、僕たちは同じ女性を愛したんだよ」
朝陽はその場に座って金星から日向に視線を移し、日向はそのまま金星を眺めながら美空の女神のような美しい笑顔を思い出していた。
「美空は金星に守られているんだ、九月二十三日生まれだからね」
「あぁ、天秤座やからな」
「うん」
朝陽もまた金星の輝きを彷彿とさせる彼女の笑顔に何度も救われたと思い返す。結婚まで決めた相手であるだけに、日向の元へと走ったことへの悔しさは少なからずあった。しかし思い返せばあの日見た二人の抱き合う姿はしっくりときていて、最早自身が入り込む隙など全く残されていないと感じていた。
「何かお腹空いてきた」
「は?」
「食べる? それなりに買ってあるから」
朝陽は思い出したように惣菜類を食べ始める。時間が経ってしまっているので冷めきってはいたが、食事に頓着の無い彼は腹さえ満たせればどうでもよかった。
「ホンマに死ぬ気あったんか?」
日向はそれに付き合う態度を見せて冷たいアスファルトに腰を落とす。それを見た朝陽はよく分からないと答えてから手付かずの袋を手渡し、銀色の缶ビールを差し出した。
「お酒もあるよ」
「それで足元ふらついとったんか」
「そんなにふらついてた?」
「ってかまともに立ててなかったやないか」
日向は缶ビールを受け取り、小気味の良い音を立ててプルタブを上げる。朝陽は手にしていた惣菜を食べ切り、再び空を見上げ始めた。
「月明かりの影響が少ないから案外よく見えるよ」
「普段こんなに見えんけどな」
日向もビールをひと口飲んでからつられるように顔を上に向けると、流星群の残り火がシュッと天空を駆け抜ける。しかし二人とも普段お目にかかれない流れ星に気を取られて、願い事のことなど脳内に無かった。
「日向、奈良って星キレイに見えるの?」
朝陽はこの時初めて下の名で日向を呼んだが、無意識であったため次の瞬間には忘れていた。
「南部へ行けばそれなりにな。北部は京都大阪に近いからこことそない変わらんわ」
市内出身の日向は、何だかんだでライトアップされている故郷の夜の町並みを思い出す。歴史建造物が多く情緒ある町だと思うのだが、それだけに星空を見上げることは少なかったように感じていた。
「へぇ、一度行ってみようかな?」
朝陽は、取り替えさえ無ければ暮らすことになっていたであろう日向の故郷に興味を示す。出生の事実を知って以来、実母の故郷である奈良に一度足を踏み入れたいと考えていた。
「基本田舎やけど、悪い町やない」
「そう、休職中の今のうちに行ってみるよ」
二人は互いに向けて缶を持つ腕を伸ばし、鈍い音を立てて乾杯する。とほぼ同時に屋上の非常ドアが開き、警官二名がピクニック気分で惣菜を広げている二人を不審感たっぷりに見つめていた。
「こんな所で一体何をなさっておられるんです?」
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