第15話
「何っ⁉」
「『何っ⁉』やあるか!」
初めて聞く荒っぽい声に朝陽はきょとんとした表情を見せる。
「こんな形で死なれたら胸糞悪いわ!」
「それは僕の自由でしょ?」
「ふざけんなや!」
険しい表情を見せている日向に朝陽はヘラヘラと笑いかけたが、それが気に入らない日向は座り込んだままの朝陽の胸ぐらを掴んだ。
「ハハッ、よくここが分かったね」
朝陽は特に抵抗せず腑抜けた表情で日向の顔を見上げる。
「サイレンの音や」
「君この辺に住んでるんだね、しくじったなぁ。何しに来たの?」
「さっき言うたやろ」
「そうだっけ?」
朝陽の思考はふわふわとしており、つい先程の対話ですら記憶に留まっていなかった。
「これ、あんたのやろ?」
日向は四角く平べったい金属製のものを朝陽の胸元に突きつける。反射的に受け取って確認すると、先程下に捨てたばかりのスマートフォンであった。
「あぁ、これ捨てたんだよね」
「もうちょいマシな方法何ぼでもあるやないか」
「何気に細かいこと言うんだね」
朝陽はスマートフォンを再度放り投げる。今度は屋上範囲内であったため、日向はため息を吐いてからそれを拾いに行こうと立ち上がった。
「美空は返してくれないくせに」
「はぁ?」
その捨て台詞に日向の足が止まる。表向きは気丈にしていたが、疚しさがあるせいでバツの悪そうな表情を滲ませた。
「分かってるよね? 彼女は僕のものだったんだよ」
「もの?」
日向はその言い方に引っ掛かりを覚え、気に入らなさげに朝陽を見る。
「だってそうじゃない? 美空は僕の婚約者なんだからね。『人のものを盗ってはいけません』って学校で習わなかった?」
「せやからものって何やねんな?」
「どうして君が怒ってるの?」
朝陽もまたずれたところで怒りを見せる日向にイライラを募らせていた。
「美空はものやない、人として見てなかったんか?」
「僕は彼女を愛していた。被害者は僕の方なのにそれを奪った君が逆ギレっておかしくない?」
「……」
「返せよ美空を! 本来なら僕が受け取るはずだったお母さんの愛情も返してくれよ!」
そんなことできる訳無いのにと思いながらも、朝陽は持て余していた鬱憤を吐き出すかのように叫んでいた。日向は後ろめたさもあって何も言い返せず、弱々しくも鋭い感情を見せてくる朝陽を寂しそうに見つめている。
「分かってるよ、そんなのできる訳が無いってね。でも全ての愛情を失った僕は、こんな世界の何に希望を持って生きていけばいいの?」
朝陽は日向に向かっていくつもりで一度立ち上がったが、体がふらついてその場にへたり込んだ。酒も入っているのも一因ではあるが、一発くらい殴りたかったと悔しさをアスファルトにぶつける。
「月島さん、そうやっていつまでも拗ねとくつもりなんか?」
「君がそれを言うの? 自分のしたことを棚に上げて」
「彼女を愛してた言うんなら他にやることあるやろが」
「正論なんか聞きたくないんだよ」
居直りの態度を見せる日向に朝日は嫌悪の表情を浮かべる。日向も八つ当たりしかしない朝陽に苛立っており、本気で美空を愛しているというのであれば自死をほのめかす前に彼女と向き合えと言いたくなっていた。
「こんな所で飛び降りようとする前に今思ってることを美空にぶつけろや」
「面白いこと言うよね、それって余裕の表れ?」
茶化された形となる日向は、そんなんちゃうとそっぽを向く。朝陽はそんな姿を面白そうに眺めており、美空を思う気持ちは自身と似たようなものなのであろうと俯瞰していた。婚約者を奪う行為そのものが許せる訳ではないが、それで美空を憎み気持ちにまではどうしてもなれなかった。
「憎むって案外疲れるんだね」
「えっ?」
「威力は物凄くあるんだけど持続できないんだよ。どこぞの議員先生じゃないけど生産性が無いんだよね」
急激に言霊が変わった朝陽を日向は不思議そうに見る。
「君のことは今も憎らしいと思うよ。けどそれで美空まで憎む気にはなれないんだよね」
「……」
「二人が本気で愛し合っているのであれば僕が入り込める隙なんて無いんだよ、立場がどうこうなんて意味を成さないから」
こんなこと言われるくらいなら殴られでもした方がいくらかマシだ……日向の心にふとそんな考えがよぎったが、そうさせているのは彼自身の行動が原因なので罪悪感めいたものが心の中で渦巻いていた。
「それにさ、美空はきっと君を選ぶ」
「何でそんな後ろ向きなんや?」
「それは君が言う言葉じゃないでしょ? 美空にとって幸せな選択であれば僕にとっても幸せなんだよ」
憎しみを手放した朝陽の精神は徐々に落ち着きを取り戻していく。そうすることによって自然と心が軽くなり、愛する彼女が愛した日向への憎しみも昇華され始めていた。つい先程まで婚約者を寝盗られたと悶々としていたはずなのだが、その相手の男にコンタクトを取って結果的に命を救われている。
「だからさ、もし君が美空を泣かせるようなことがあれば今度こそ殺すからね」
「あんたホンマ物騒な男やな」
「謝罪なんて要らないから、今度こそ後悔無く彼女を愛し抜くって約束してほしい」
日向にとって美空と別れた三年間は後悔の残る期間となっていた。朝陽に言われた通りのことを考えて改めて美空に向け手を差し出したのだ。
「分かった」
彼はその言葉の重みを感じながら頷いてみせた。
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