第13話
日向への未練を再燃させてしまった美空は、楽しみにしていたはずの婚約者とのデートをすっぽかして彼の元へと走っていた。互いに隠し持ち続けていた恋情を共有し、約三年振りに手を取り合った日向と美空は再び身体を惹き合わせる。朝陽のことがありながらも絡み合う大きすぎる感情のうねりには勝てず、美空は婚約破棄を決意した。
これ以上彼への思いは隠しきれない……彼女は無駄に誤魔化すことの方が裏切り行為になるのではないか、と考えて連絡を取ろうとするが繋がらす、しばらく後になって休職しているという話が耳に届く。体調不良であるならまずは見舞おうと月島家を訪ねると、母雪乃が応対した。
「ご無沙汰致しております、朝陽さんは……?」
「このところ体調が優れないみたいなの、申し訳無いけれどしばらくここに来るのは控えて頂けないかしら?」
「えっ?」
これまで親切に接していた雪乃の冷たさに美空は戸惑いを覚える。
「今のところ回復の見込みが立っていないのよ、婚約についても一度白紙にさせて頂くわね」
彼女は一方的にそう言って門前払いにした。態度の急変にどうして良いのか分からなくなった美空は、仕方なくその場を後にして帰路に着く。今別れ話を切り出すのも良くないとは思ったが、せめて見舞いの言葉くらいはと改めて連絡してみたが、何度かけ直しても朝陽からの応答は一切無いままであった。
思わぬ形で美空に裏切られた朝陽は、毎日のように酒を飲んで躁と鬱の精神状態を状態をさまよっていた。しばらくはどうにか仕事にも行けていたが、意味も無くハイテンションになったり涙が溢れたりと感情のコントロールが困難になってくる。
父主導の元だったとはいえ、盛大に婚約パーティーを開いてしまっている以上体裁を気にして破談にもできず、精神的に八方塞がりとなっていた。何もする気が起こらず仕事も休みがちになり、誰とも会いたくないし話もしたくないと部屋から出ない日が増えている。
あの日以降美空から何度かコンタクトがあるものの一度も反応しておらず、日向から預かっているアルバムと手紙もあの日の前日を最後に一度も触れていない。雪乃が撮影した朝陽の成長記録は裕福な少年として写っているため、思い出すだけで自身が虚構の中で生きている錯覚に陥って虚しさが心に宿った。
雪乃が置いていった日向の写真は、視界に入れるのも嫌で部屋から放り出していた。自身から実母つばき、育ての母雪乃、父夏彦、そして最愛の女性美空の愛情を奪っていく日向を憎らしく思い、殺してしまいたい衝動に駆られていく。そんな状態が続くうちに精神が蝕まれ始め、奇行が目立つようになって休職を余儀なくされていた。
これまで聡明だった息子が引きこもりとなって日に日に正気が失われていく姿に、雪乃は自身の過去の行いを後悔するようになる。三十年近くたった一人で育て上げた自負はあったが、血の繋がりが無く実父にあたる夫の愛情も得られなかった引け目がどうしても抜けなかった。
不義の子を跡取りにできない、夫の実子を引き取った方がいいと我が子を手放している。しかしつばきから送られた成長記録と対峙していくうちに寒川への恨み辛みは徐々に消えていた。それでも自身で育て上げた朝陽のことはきちんと愛していたし、夫が見向きもしなかった分自身が二倍愛そうという思いは変わらず持ち続けている。
しかし度重なる受難が元で朝陽は心を閉ざし、徹底的に他人の介入を受け入れなかった。そんな状態の息子に対しても夏彦は我関せずで、雪乃はどこまでも身勝手な夫に失望感を覚えていた。
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