第2話
「有明さん、婚約決まってよかったですね」
月島朝陽と有明美空への挨拶を終えた日向の元に、職場の後輩である氷上蒼が待ってましたとばかりに歩み寄ってくる。彼は事あるごとに言い寄ってくるこのブルジョワ女を苦手としており、コイツも来てたのかと嫌そうな表情を浮かべる。
「そうですね」
「月島さん、あんなあばずれを婚約者になさって大丈夫なんでしょうかね?」
「本人たちに問題が無いんならそれでいいことなんじゃないんですか?」
この女面倒臭い……日向は適当にあしらって蒼から離れると、テレビでしか見たことの無い財界人が彼の前に立ちはだかった。
「影山日向君だね。初めまして、月島朝陽の父夏彦と申します」
何で? 日向はそれしか思い浮かばず硬直するが、一応社会人として朝陽の婚約を祝う言葉を述べた。
「君の勤務している会社は昔から懇意にして頂いていてね、最近息子と接点があったと伺ってね」
「自分のような者をこのようなおめでたい場にご招待頂き恐縮です」
数日前になって降って湧いたように招待状が会社に届いたと役員に呼び出され、半ば会社命令としてこの場に混ざっている状態である。周囲を見渡すと夏彦同様メディアに登場する財界人も散見され、取引先企業とは言っても一介の平社員である自身がこうしていること自体不自然に感じられた。
「影山君、少し時間を頂けないかな?」
「えっ?」
俺に何の用なんだ? どう考えても自身との接点が思い浮かばず夏彦の顔を見る。
「話しておきたいことがあってね」
夏彦は日向の背中を押してテラスへ連れ出した。人で蒸した屋内より空気は良かったが、月島商事代表取締役と一緒にいると違う緊張で気が休まらない。
「昔、影山つばきさんと……」
日向は直接面識の無い男性からよく知る女性の名前が飛び出したことに驚きを隠せなかった。
「母をご存知なんですか?」
「あぁ。一緒に働いていた時期があってね」
日向の母つばきは彼が十八歳の時に病死しているが、生前そのような話を聞いたことは一度も無い。
「それってもしかして……」
「うん、月島商事の社員だったんだよ」
初めて知ることに日向はそうですかとしか答えられなかった。それが事実であれば母が首都圏で生活していた時期があったことになるが、遺品の中にそれらしき痕跡は今のところ残っていない。
「つばきさんは息災にしているかい?」
「十年前に亡くなりました」
「えっ⁉」
今度は夏彦の方が驚く番であった。
「亡く……なられているのか?」
「えぇ」
彼の表情には失意が伺えた。その態度からはただならぬものを感じた日向だが、触れてはいけないような気がして見ないふりをする。
「なら一度焼香を上げさせて頂きたいんだ」
「そうは仰いますが……」
「君が奈良のご実家に戻った時でいい、その際に連絡を貰えれば」
夏彦はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出して連絡先を交換したいと言った。日向は何となく従いたくない気持ちが宿り、荷物と一緒にフロントに預けていると仕事用の名刺を差し出す。
「プライベート用の連絡先も載せているのか?」
「えぇ」
日向が勤務する会社では貸与されている仕事用と、緊急連絡先として個人用の携帯電話の両方を名刺に載せている。どのみち繋がるからと敢えてどちらかを教えずにいると、夏彦もその心づもりのようで特に踏み込んでこず名刺を受け取った。
「近いうちにまた会うことになると思うよ」
夏彦はそう言い残して会場に戻っていく。母のことどころか実家まで知っている企業経営者を不審に感じた日向は、これ以上この場にいたくなくてそのままフロントで荷物を引き取り式場をあとにした。
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