E-X-A

 大気を震わす猿叫が、闇に満ちた世界へ木霊する。

 一気に圧し掛かる圧を背後に流し、佐刀は前面を見据えた。

 雲に走る稲妻をこそ至高とする神速の足捌き、雲耀。一歩で数尺もの距離を詰めるツシマの速度を以ってなお程遠い理想だが、大戦を経験していない子供一人を殺すには充分事足りる。

 視界を覆う影を前にして、振るうは小太刀。

 薬願桜花流相手に鍔競り合う訳ではない。

 むしろ刃の切先が背を向いている内に、機先を制するための先出し。故に体重を前のめりにし、飛び込む姿勢で佐刀は挑む。

 そして交差。


「今ので、当てて来るのかよ……!」


 擦過の証として漆黒の衣が破れ、左肩からうっすらと血が滲む。

 更に言えば、驚嘆すべきは剣の腕だけにあらず。


「しかも今の感触……!」

「キィィィィイィイイイエエエェイィ!!!」


 背後から迫る極大の圧が生存の証。

 咆哮で痛覚を誤魔化す狂戦士が如くだが、ツシマはその外殻にも纏う軍服にも傷痕は絶無。

 日本帝国が手がけた公的な軍服である。戦場の主流となる攻撃手段──剣への対策が講じられてもおかしくないが、ニ〇年前から変わらず現役なのは製造者を呪わずにはいられない。

 続く背後からの斬り下ろしを地を転がることで回避するも、状況解決の糸口は別。


「なんかないか……!」

『対処が困難な時は辺りを見回せ。特に戦場なんかは戦死者の得物が嫌ってほど転がってる。

 いざとなれば、屍を切り刻んで囮にしてでも生き延びろ。生きてりゃ、なんだかんだでなんとかなるってもんだ』

「そのなんだかんだを教えろってのッ……!」


 癪だが、ひとまずミコガミの言葉に従い、ツシマから距離を置く。

 とはいえ、相手は数歩で距離を詰める足捌きの持ち主。周囲に目をやる合間にも、視界の端には捉えておかねば絶死の刃に両断されかねない。

 スメラギ病院入口前は、オズ組の侵攻の激しさを物語るように屍の山が積み上がっていた。

 漏れなくオズ組の構成員のものではあるが、数歩間違えば自身も山を構成する一つになり果てる状況。油断ならない。

 佐刀は屍の一つからドスを掴み取り、足を進めるツシマへ投擲。


「なんだよぉ、逃げるなよぉ、斬り合おうぜぇ……!」


 無論、ドスは猿叫すら伴わない一振りで弾かれる。得物が木片と破片に成り下がるも、佐刀は気にせず再度投擲。


「マトモにやり合ってられるかよ。こうなりゃ時間稼ぎだッ」


 先の接触の際、ツシマの薬が切れた禁断症状を原因としてオズ組は撤退した。

 なれば、今回も禁断症状発症までの時間を稼ぐのが確実な手段であろう。

 彼我の差は歴然。経験も大戦を生き抜いた精鋭と一月の間に合わせとくれば、比較するのも馬鹿馬鹿しい。


「クソッ……せっかくカッコつけたのに台無しだッ!」


 怒声を乗せて次は三連。

 投合されたドス達が我先にとツシマへ殺到するも、烈波の気迫と剣圧で二つが軌道を逸れ、一つは剣戟で粉微塵に砕け散る。


「あぁあぁ、そうだったなぁ……米兵もそんな調子で逃げてたなぁ」


 間延びした口調は、時として狂気を醸し出す。


「逃げる米兵の背中を斬るのは、実に手触りが良かったなぁ」


 刃を肩に乗せ、蜻蛉を構えを取り太腿が膨張。


「こんな風にぃ、さぁッ!」

「チィッ」


 筋線維の一本に至るまで込められた力が解き放たれ、蹴り上げられた地面が破裂。

 爆発的な推進力は差刀との距離を一瞬で狭め、口内からの砲撃を直に浴びせられる。


「キィエエェェェェェェェイィ!!!!!!」

「ッ……!」


 頭が揺れる。脳が揺れる。

 直接殴られた訳でもないのに、埒外の咆哮によって脳震盪と同様の作用が差刀に襲いかかる。

 脳が揺さぶられてしまえば、思考を回すことも身体を動かすことも不可能。

 残された選択肢は、ただ黙して刃の一振りを受け入れるのみ。

 現に、ツシマは全身を射出機として右肩に乗せた大太刀を振り下ろし、神速の刃を以って避けられぬ死を実戦する。

 故に、異変が起きたのならば被害を抑えられたことを指し示す。


「クッ……ソがぁッ!」

「おぉん?」


 強引に身を捻り、間一髪で刃の切先を躱す。

 とはいえ、無茶の代償もまた深刻。左脇の繊維が幾つか千切れ、僅かな出血が着物を滲ました。


「あの距離で躱すかぁ。というより、あの距離で意識を失わないかぁ」

「……今の振動で思い出したわ。ミコガミめ、ここまで織り込み済みか」


 驚嘆と関心。

 二つの感情をない交ぜにした表情を浮かべ、ツシマは三編み笠の奥で双眼を輝かせる。

 一方、佐刀は思い当たる節があったのか、苦虫を噛み潰して脳裏で二つ指を立てた師匠を睨みつける。


『その特徴なら、多分相手は薬願桜花流だな。

 となると、だ……声を出すのを止めるな。小声でいい、常に声を出し続けろ。猿叫に対して一番有効なのはそれだ。

 他の対策は、まぁこっちでなんとかしてやる』

「声ってのは確か空気の振動がどうとか……小声程度でも意外となんとかなるんだな。

 そして、さっき飲ませた水は脳の萎縮対策も兼ねてるってか。腹立つほど下準備が秀逸だ……ウッザ」

「まぁ、なんでもいいかぁ。考えると頭痛くなるしなぁッ!」


 再度接敵を図るツシマに、地を切り上げて視界を潰す差刀。

 種が割れて対策を講じる手合いには見えないが、むしろより声量を上げた力押しを図る可能性なら十二分に考えられる。これ以上露骨な声量合戦となれば最悪、鼓膜の方が先に限界を迎えてしまう。

 依然、無警戒な接近戦が危険というのは変わらない。

 そして、明確な時間切れが存在する相手との短期決戦にわざわざ付き合うことはない。


「単細胞がッ」


 近場の死体に刃を突き立て、佐刀は自らの眼前へと引っ張り出す。

 同時に蹴り込み、ツシマへの質量兵器に変換。

 弔われることもない屍は哀れ、味方だったはずの男の手で容易に斬り捨てられる。だが、それでも数瞬程度の時間は稼げた。更に屍の後方には当然、視界が及ばない。

 ならば僅かな隙は、一太刀浴びせて離脱するには充分なものとなる。


「おぉっとぉ、あぶねぇなぁ」

「……掠っただけか」


 すれ違い様の一閃は、手の甲に猫の引っ掻き傷程度の痕を残す。

 手首を斬り落とすつもりで振るったが、咄嗟に逸らすことで軌道から外れたか。

 だが、薬物の種類にもよるが少しの傷でも影響を及ぼす。


「ぎ、ぃ……あがッ、ああぁぁ……!」


 膝をつき、得物を手放してツシマが頭を抱える。


「ハッハァ、ようやっと時間切れかぁ。長かったなぁ!」


 歯を剥き出しにして佐刀は哄笑。

 これこそが経験の差を覆い隠して有り余る勝算。

 薬物切れによる禁断症状。

 出血で血中濃度が狂えば、多少でも禁断症状が早まると予想を立てていたが、掠り傷程度の傷を負わせることしか出来なかったのは誤算であった。だが、それでも時は訪れた。

 先とは異なり混戦状態に陥った有様で、まして指揮官である男が討ち取られた以上は、一時撤退などという冷静な判断が行える訳がない。

 残存戦力も大部分がフタバによって無力化ないし死亡している。

 ここで用心棒が死んでしまえば、残るは残党狩り。


「強敵とやるよりもそっちの方が趣味なんでな」


 地を覗き見て激痛を吐き出し続けるツシマの真横に立ち、逆手で刃を構える。

 静止した状態で見てみれば、首元から上は軍服の加護化から外れていた。なれば、首に刃を突き立ててれば全てが終わる。

 振り下ろす刃は鋭く、数秒と立たずツシマを永遠の楽園へと旅立たせる。

 はずだった。


「ガッ……!」

「やめろ、ダッセェ」


 側面からの飛び回し蹴りが炸裂し、咄嗟に頭との間に挟んだ左腕が痺れる。

 力なく左腕を垂らし、佐刀は突然の来訪者を睨みつけた。

 爬虫類を彷彿とさせる細長い四肢。常に嘲笑の三日月を浮かべた口。身に纏うは洋式制服。死亡した指揮官の隣に立っていた男、ワジマである。


「どいつもこいつもダサくてやってらんねぇ。

 お前も、他の屍共も……そこの用心棒も」

「グァッ」


 腹部を蹴り上げ、ツシマが仰向けとなる。

 腹部への痛み自体はないのか、ツシマの右腕はなおも頭に添えられていた。

 溜息を一つ。

 男は制服の内へ右手を差し込むと、怪しく輝く注射器を三本取り出した。


「ほら、お前の大好きなヒロカツ。三本分だ。さっきまでダサくてしょうがなかったんだ、三倍働け」

「アガッ……!」


 首元に突き立てられる注射器達。途端に内部の液体が勢いよくツシマの体内へと注がれる。

 戦意高揚と生産効率向上を目的とし、戦時中から多数の末期中毒者を生み落としながらも使用され続けた禁止薬物、ヒロカツ。

 通常使用の三倍もの量となれば、ツシマも全身の血管を露わにして全身を仰け反らせる。眼球に稲妻の如き血管を露出させ、口は酸素を求める金魚を彷彿とさせた。

 池に上がった鯉よろしく、幾度となく痙攣する様は健常なそれとは程遠い。


「ガ、ガギ……ィイ……!」


 不味い。

 異常な状況に静観していた佐刀だが、直観で危険であると判断して駆け出す。

 禁断状態と比してなお危険であるものの、それでも動き出すまではまだ幾分か猶予がある。薬が全身に回り回復するよりも早く、奴の首を絶たねばならない。


「おおっと、逸るなダッセェ。まだインターバルだぜ?」

「うるせぇ、俺は効率的なのがいいんだよッ!」

「……趣味が合わねぇな、アンタとは」


 刃がかち合う。火花が舞い散る。

 佐刀の小太刀と男のドスが交差する。

 今更雑魚の相手をする時間もないというのに、佐刀の表情に焦燥の念が浮上した。

 既にツシマの痙攣も収まりつつある。後数秒とかからずに薬物が全身に回り切り、活動を再開するであろう。

 だが、最早この状況では復活の妨害は叶わない。


「さて、そろそろ第二ラウンドの時間だぜ。精々カッコつけろよ、三流役者ッ!」

「チッ……!」


 一歩下がって後ろ回し蹴りを放ち、男は刃の間合いから距離を取る。


「さて、そろそろ端役は退場しますか。去り際は大事だからな」

「逃がすかッ……!」

「ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」


 天を穿ち、大地を震わす咆哮が、たった一人の喉を通して解き放たれる。

 あまりに馬鹿馬鹿しく、人間の規格からかけ離れた声量に全ての人々の衆目を集め、足から筋力頼りに立ち上がる姿は妖怪の類かと錯覚させる。

 反動で垂れた血混じりの涎が、表情に彩りを加えた。


「あぁ、なんか寂しいと思ったら落としてたのかぁ……あぶねぇ、あぶねぇ」


 手から離れた大太刀を拾い、肩に背負う。

 真紅に充血した瞳が、真っすぐ佐刀へ注がれる。

 口から漏れる吐息に、白が混ざった。体内に残った過剰な熱を排出するかの如く。

 そして幾度目かの蜻蛉の構え。右肩に大太刀を乗せ、腰を低く落とす。構えを切欠に狂人の眼光が剣士のものへと変わり、紫の肩掛けが風に揺れる。

 大きく肺へ空気を取り込み、ツシマは天を仰ぎ見た。

 然る後に、猿叫。


「キイィエェェェェェェエエエエイィ!!!」


 吠え立てるは一匹の獣。

 刃に乗せるは、流派の誇りと薬の快楽。

 四年をかけて戦場で、ニ〇年をかけて決闘代行で磨かれた剣技が、今たった一人の少年を惨殺するために駆動する。

 刃は空を斬る音を置き去りにし、切先が佐刀の着物から左端を切り取る。

 直後に湧き上がるは地の裂ける悲鳴。刃渡りを遥かに超越した亀裂が、佐刀のすぐ側に刻まれたのだ。


「避け切れなかったッ?」


 驚愕を口にした佐刀の着物からは左袖が宙を舞い、内からは肉を削ぎ落された腕が血に濡れていた。

 刃の触れた感触はなかった。それが奴の剣術だと言われれば納得するしかないが、左腕は刃物で切り裂かれたというよりも力で強引に引き裂かれたような、そんな凄惨な様相を呈している。

 刃そのものには触れず、剣圧のみで其を成したとすれば、合点は行くか。


「納得はしたくねぇがな!」


 左腕を振るい、滴る血液を飛ばす。

 身を捻り、肩掛で血の目潰しを回避するツシマから更に距離を取り、佐刀は一つの目標へ足を進めた。

 先程発見したもう一つの勝機。

 オズ組がスメラギ病院へ足を赴いた理由を考えれば、容易に答えはあったのだ。如何なる強固な繊維を用いていようとも、あるいは如何なる刃も通さぬ絶対防御を纏っていようとも、容易に貫通しうる生物への特効兵器。

 それが、この戦場には満ち足りている。


「逃ぃげるなぁッ!」

「やってられるかよッ!」


 ドスに切り取った腕、頭に至るまで。

 死体を余すことなく凌辱し、例外なくツシマへと発射。

 相手の側も極度の興奮状態故か、致命傷に当たらぬ雑多な物体を回避する手間も惜しんで強硬突破を図る。

 せっかく近場まで来たというのに、後数歩が遠い。相手が担ぐ刃の方が、近い。


「その首ぃ……貰ったぁッ!」

「チィッ!」


 振るわれる刃に対して一か八か、佐刀は身を捻って側面から刃を振るう。

 刀は切れ味に優れる分、横からの圧力には弱くなっている。これは当時の製鉄技術がどうというよりも、薄く、鋭く、刃を研ぎ澄ます必要がある刀という武器種が抱える構造的欠陥とも言えた。

 佐刀の側は峰、即ち刀身で最も頑強に作られた部分。

 一瞬の光芒が視界の一角に眩いものを残し、甲高い音は宙を舞う切先の断末魔か。


「ク、ソがぁ……!」


 体内より咲き誇る血染めの花に、佐刀は驚愕の声を漏らした。


「ハァァァ……!」


 熱の籠った息を吐露し、ツシマは得物を再度肩へと担ぐ。

 刀身の中程でへし折れた大太刀と呼べる業物を。


「この、ッソが」


 小太刀を大地に突き立て、滑雪の要領で無理矢理速度を獲得。佐刀はそのまま目を充血させた敵から距離を取る。

 刃をへし折り、間合いの狂ったツシマの一撃は佐刀の胴体を両断するには至らなかった。

 だが、元より出鱈目極まる膂力で放つ一閃。折れた刃の先端だろうとも、常ならば掠り傷相応の浅さだろうとも、着物の奥に潜む皮膚ごと肉を引き裂くなど造作ない。

 肋骨に助けられた、というよりも刃渡りが肉で精一杯だったという実感がある。

 ともかく、時間は稼げた。


「刀を手放すのは、ちょっとだけ怖いがッ。これでぇッ!」


 佐刀が再び小太刀を突き立ててまで拾い上げたもの、それは一本の硝子瓶。

 内に宿る可燃性液体は、それまで燃えていた炎と落ちた衝撃で幾分か少なくなっていたが、人一人を焼く分には不足なかろう。

 追従していたツシマの姿は、既に目と鼻の先。

 葛藤の一つもなく、佐刀はその意味を正確に理解した上で瓶を投合した。


「邪ァ魔ァだァッ」


 極度の興奮状態に陥っているツシマが正常に思考する訳もなく、一刀の元に瓶を切り伏せ、内の液体に全身を濡らした。

 続く刃の投合も、いい加減飽き飽きしたという表情で斬り落とし──


「ッッッ?!」


 全身を業火が包み込んだ。


「ッ……な……ッッ!」

「病院焼こうなんて考えた報いだよ……ホラ、追加でもう一本」

「よッ……さ……ッ」


 足元に転がっていた瓶を拾い上げ、佐刀は追加で投げつける。

 勢いのついた瓶は熱源に接近した段階で爆発的に燃焼し、炎の被膜がツシマの肉体を一層に延焼させた。

 特に頭部。

 極めて高温で燃え盛る炎は周囲の酸素を食い尽くし、肺へ供給する分にまで手を伸ばす。故にツシマは事実上の無酸素状態に陥り、その上微かに残る空気を必死に吸う度、気道や肺を灼熱が這い回る。

 大太刀を手放し、帝国軍服を上昇気流で舞い上げながら男は佐刀へ向けて手を伸ばす。


「すご……ッ……のび……!」

「何が言いたいのか分かんねぇよ」


 唇の動きから酸素を求めてではなく、何らかの意志を伝えたいということは分かるものの、炎に揺らめく中ではそれが限界。内容に言及することは叶わない。

 肩掛が焼け落ち、そこにあるべき左腕の欠落した姿が晒される。

 なおも足は止まらない。既に酸欠で倒れ伏してもおかしくないにも関わらず。何らかの意志を伝えようと佐刀への接近を図る。


「だから何が言いたいかなんて分かる訳が──」


 いい加減鬱陶しいと、突き立てた刀を引き抜き切先を向けた時であった。

 よくやった。お前は伸びるぞ。


「え……?」


 声としてではない。読心術の類でもない。

 だが、しかし、ところが。

 佐刀の鼓膜は、確かにツシマの声色で揺れた。

 と、同時にツシマの肉体も限界を迎えたのか、足元から崩れるように地面へ倒れる。


「用心棒が、破れた……?」

「あんな餓鬼に?」

「嘘だろ……」


 一部始終を目撃していたオズ組構成員も漸く事の深刻さを飲み込めたのか、動揺が徐々に戦場全域へと拡散していく。

 やがて動揺はフタバと打ち合っていた手合いにまで広がり、異変を感じ取った彼女も佐刀の方角へと向き直る。

 まず視線に飛び込んできたのは、佐刀の後ろ姿。着物の左袖を失い、覗ける皮膚からは多量の出血も伺えたが、欠損の類はなし。奥で燃える黒炭は放心する構成員から考えて、用心棒であった何かであろうか。


「どうする? まだ私達とやり合う?」

「ひぃッ」


 大剣の切先を向けて脅してみれば、眼前の男は腰を抜かして転倒した。それでもなおフタバから距離を取ろうと地面を抉り、爪の間を穢す。


「も、もう嫌だッ。俺は降りるぞッ」

「ずるいぞ、俺も一抜けだ!」

「そもそもリュウバさんは認可してたんだッ。それをわざわざ穿り返すなんて最初から反対だったんだッ!」


 捨て台詞は十重二十重。多種多様の言葉を残して、残存の構成員が我先にとスメラギ病院の敷地から離脱する。

 結果、残されるのは屍の山と佐刀とフタバ、そして病院の主たるスメラギと彼の盟友が支援した病院そのものであった。

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