変化と魔術

「ダメなものか。誰がダメだと言うんだ」

 

 だれが許されないと言うのか。

 誰もが許さないかもしれない。でも誰も守れなんて言わない。

  

「ここで、助けなかったら、私は自分が許せない。……でも私にはできないから、ロイス、お願い!」

 

 カレンの言葉がロイスの胸をついてくる。聞きたくない。そんな思いすらも湧き上がる。ロイスはおもわず怒鳴った。

 

「助ける義理がどこにある! こんなことになったのは人間のせいなんだ! それに、あんなに怒りをあらわにしておいて、尚、お前は人間を助けろって、本気で言うのか!」

「それでも!」

 

 負けじとカレンが叫ぶ。

 ロイスは歯噛みした。

 

「人間なんて、クズばかりだろう」

 

「そうかもしれない。でもそうじゃない人も知ってる」

 

 カレンの目はまっすぐロイスを捉えていた。それから少しだけ泣きそうになって、なお言い募った。

 

「そうじゃない人がいるのも、私は知ってるよ」

 

 ──ああ、もう。

 

 たまらない。

 どうしてこうも、人の感情に訴えてくるのか。どうしてこうもロイスの感情を揺らそうとしてくるのか。どうしてこうも──。

 

「お前、そういうのを、お人好しって言うんだぞ」

「お人好しでもいいじゃない」


 どうしてこうも、揺さぶってくるのだろうか。



「……お前のせいだぞ」

「え?」

 

 小さくつぶやいた。カレンは聞こえなかったようだが、それでいい。

 ロイスは夕焼け色の髪をがしがしとかきまわす。それから顔を巡らせた。

 街で一番高いところ。街にきたばかりの時、目印として目指した、あの時計塔を視界にとらえる。

 

「行くぞ」

「ロイス!」

「行くぞ」


 同じ言葉を繰り返す。


「助けるんだろ。それができるところに行く」

 

 パッとカレンの顔が明るくなる。

 お人好しに頭を抱えながら、ロイスはカレンの願いを叶えることにした。

 自然と口もとが綻ぶ。

 嫌なのに、面倒なのに、それでもいいかと思えてしまったのは、後ろを必死についてくる少女が、ロイスに向かって言ったからだろうか。

 

(そうじゃない人もいる)

 

 それを、ロイスに向かって言うから。

 だから少しだけ、彼女の願いを聞いてもいいかと、そう思ったのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 悲鳴をあげる人々を通り過がりに助ける。そんなことを繰り返しながら、ロイスとカレンは時計塔に向かって走っていた。

 到着した巨大な角柱の形をした時計塔の入り口を蹴り飛ばし、内部に入ると、続くのは螺旋階段。それをかけあがる。

 先程から走ってばかり。それでも脚を止めない。ひたすらにロイスとカレンは走っていた。そして、頂上に到着した。

 

 時計塔だと思っていた塔はかつては見張り台だったのだろう。確かに塔の側面には巨大な円形の時計が設置されていたが、頂上は巨大な古い鐘が吊り下げられていた。石造りのへいは等間隔に切り込みが入っている。かつてここから弓を射ていたのかもしれない。そんな塔の頂上で、ロイスは街を見下ろした。


 あちこち煙が上がり、塔の上まで悲鳴が聞こえてくる。

 カレンが隣で顔を顰めた。

 一方ロイスはすでに上がった息も収まり、じっと街を見下ろしていた。


 神経を研ぎ澄ます。

 意識からカレンを追い出し、人々の悲鳴も追い出して、じっとただひたすらに魔力を感知、観測する。

 探査の結界広げ、害意ある者の存在を知覚していく。

 数百、数千、数万。


 数えきれない大量の魔物の気配、存在、その位置情報が一斉に頭に集まってくる。処理しきれないほどの量を感覚のみで処理していく。

 息を吐いて、ロイスは両手を横に広げた。


 手の周囲から次々と生まれる、花びらのような形をしたかけら。

 それは鏡のようにあちこちのものを反射して、きらきらと輝く。

 その数を数えることは不可能。それほど大量のかけらが舞い周囲の視界を覆っていく。

 ヴォルトでもない。シルトでもない。宙に浮かぶそれはまるで小さな小さな鏡のかけら。

 応用術。それもロイスが作り出した最大の広範囲攻撃。

 


 壁も、繭も、盾も、全ては面という形で構成されている。

 ゴーレムを倒したあの壁の崩れたカケラは、正確にはかたちをかえた面。

 ロイスの結界術とは面を生み出す技と定義してもいいだろう。

 

「紙で指を切るように、剣であらゆるものを切り裂くように、鋭く磨かれた面は、全てを切り裂く鋭利な刃物にかわる」

 

 朗々とつぶやいて、ロイスはそっと閉じていた目を開いた。

 アンバーの瞳が輝く。

 宙に浮く結界の破片かけらがすべて動きを止め、やがて発光した。

 ロイスがつぶやいた。


『降れ』

  

 瞬間、全ての破片が街に降り注いだ。

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