階段と地上
「な、なんと言うことだ‼︎」
それは司教の声だった。振り返れば、先ほどロイスとカレンが走ってきた道から司教が顔を出していた。やがてよろよろと全身を表すと、周囲を見渡し、それからカレンとロイスをまるで恐ろしいものでも見るように恐々と見つめ後ずさる。
「こんな、
「あ?」
「その、その魔族は化け物だ‼︎ 誰か! 誰かここにある!」
叫ぶが、ロイスはそれを呆れて見やった。
「誰も来ないだろう。それどころじゃないはずだ。街中が大騒ぎだろうしな」
ロイスの言葉のとおり。再びどこかで爆破が起きた。
気づけばまたあのサイレンが鳴り響いている。
本当に、今はそれどころじゃないのだ。ロイスはさっと司教に右手を掲げる。壁の形をした結界が発生する。と同時に、それは司教に向かって一直線に飛ぶと、司教に激突してそのまま壁に押し付けた。
ぶへっ。だか、げふっ。だか、ともかく潰れた何かのような声を司教があげる。カエルのような格好で壁に押し付けられた司教の姿は正直笑える有り様だが、今は嘲笑う時間すら惜しい。
階段に視線を向け、おそらく地上に向かっていると仮定して、ロイスは階段に向かう。数歩進んで、さっと振り返り、未だ周囲の惨状に
はっとした様子でカレンがロイスの目を見た。泣き出しそうなその目に、ロイスは小さく舌打ちする。
「……いくぞ」
他に言葉がでなかった。
少々強引だったろう。それでもここにカレンを残すよりずっとマシだと思って、カレンの腕を強くひく。
「待って、私……」
その続きは聞かないことにする。ともかく今はここを離れる。そして、この街を離れる必要があった。悠長に話している時間はないのだ。だから。
「弱音ならあとでいくらでも聞いてやる」
そんな言葉がするりと口から溢れた。カレンが驚いたように目を見開く。ロイスも柄にもないことを言っている自覚はあったが、突然でたその言葉が自分の本心から離れた言葉だとは思わなかった。
◇ ◇ ◇
文字通り死屍累々の階段を駆け上がり、ロイスは地上に向かった。何度も足を止めかけるカレンを叱咤するように強引に彼女の腕をひいて。
そして、ようやく辿り着いた地上。
階段はほとんどまっすぐ地上に向かっていた。出口には鍵のついた鉄の扉があったが、そんな鍵はすぐに魔術で解除してしまう。そうして蹴り飛ばすように扉を開けたロイスは、地上の様子を見て思わず足を止めた。
おそらくそう言うのだろう。
魔物が、大量の魔物が街の人々を襲っている。
髪を掴まれた女が体ごと喰われる瞬間を目撃して、思わずカレンの前に体を出してカレンの視界をふさぐ。
「ロイス?」
──これは……。どうする。
ほとんど茫然といった状態で突っ立って、ロイスは思考を巡らせた。
──この状態の街を突っ切るか。多くの人々が殺される様を横目に見て、逃げるべきなのか。しかしこの大群と戦うのは……。
「ロイス、助けよう!」
思考で停止するロイスの体を動かしたのはその一言だった。
びくりと肩を震わせて振り返る。
つい先ほどまで
──見覚えがある。この目。
ヨウラ村でついていかせてほしいと宿屋で言い募ったあの時。
あの必死な表情に似ていた。
いや、それよりももっと必死な。それが正しいことだと疑わない強い瞳だった。
「助けられるよ! ロイス!」
「……自業自得だ」
「だからって放って置けない!」
「これをなしたのは魔族だ」
これは魔族が呼び出した魔物たちだ。彼らの望みは今叶おうとしているのじゃないのか。自分たちが喰われる可能性を理解していながら境界線を開いた。
そしてこの街を破滅させようとしている。
きっと自分たちを傷つけた人間たちに対する
それが今、為されようとしている。
なのに。
「止めるのか。魔族の仲間たちの望みは叶うんだぞ」
「それでも!」
カレンが
──助けるのか、本当に?
ロイスは理解不能なカレンの思考に目が回りそうだった。
心のどこかでロイスはずっと人間を嫌っていたのかもしれない。だから今、死にゆく彼らを憐れんでも、助けようとは思わない。
「ヨウラ村ではみんなを助けようとしてたじゃない」
そうだ。たしかにそうだった。あの時は助けようとした。村人たちを。でもそれは。
「知った顔が死ぬのは後味が悪いだろう。それだけだ」
言い訳がましいかもしれないが、事実世話になったあの村が被害に会うのは嫌だった。なにより、魔物があの村に来てしまったのはロイスやカレンのせいでもあったのだ。もしあの村の人が魔族に何かをして魔物を呼び出してしまったのなら、放っておいただろう。
自業自得だから。
だから今この街を放置しようとしているのも、間違っているとは思わない。
けれどカレンは言う。
「知らない人たちだけど、苦しんでるの放置できないよ。だって、どうにかできる力があるのに放置するなんで、ダメだよ」
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