暴走と鎮静
そこにあったのは、大量の魔力の塊。それは本来色のない魔力が色づいて見えるほど濃厚な魔力。
魔力は視認できるものではない。そう思っていたが、その常識を覆す濃厚な魔力。もしかしたら、魔術師でなくても感じ取れるのではないかと思うほどの威圧感。
それが、カレンの全身を包んでいた。
「嘘、だろう」
呟くロイスの目の前で、カレンの足元から炎が吹き出す。そして次に暴風。
──魔術が……勝手に発動している? そんなバカな……!
灼熱の風がロイスを襲う。咄嗟に結界を周囲に張ってそれをふせぐ。もはや攻撃のようなものだ。ロイスはそれから身を守ることに全力を傾ける。
灼熱の風は周囲を飲み込み。魔族の遺体も、魔物の死骸も吹き飛ばす。
──なんでこんなこと……いや、無意識……? 意識がないのか?
でなければ、同族の遺体を見て暴走するような少女が、遺体を吹き飛ばして平気でいられるわけがない。
カレンはただ棒立ちのままだ。
ロイスはヨウラ村で魔王と対峙した時のことを思い出す。あのとき、カレンが魔王に向かって嫌いと叫んだあの時。あの時別の気配がした。
──やはりあれはカレンだったのか……。
ロイスは結界を張ったままカレンに近づく。
しかし、その強大な力を前に、ロイスの結界に亀裂がはしった。
「! 嘘だろう……」
思わず一歩下がって、ロイスはカレンを凝視した。
なんという威力。なんという魔術。あの魔王の攻撃を防いだ結界にひびが入るほどの魔力がカレンの小さなか体から吹き出していた。
しかし、となると、カレン自身の体にも相当の負担があるのではないだろうか。
よく見れば、チリチリと魔力がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてくる。
──同じ性質同士の魔力なのに……ぶつかりあっている?
近づくのが難しい。
とにかく威力が激しくて側に寄れない。
ふと、ロイスの頭に過ったのは、ここにいる必要があるのか? という疑問だった。
──助ける義理があるのか?
そんな問が頭に浮かんで消えた。
いつものロイスなら、助けない。
だって、なにも特になることはない。彼女がどうなろうと、教会がどうなろうと。
魔王の娘だ。仮に教会が魔王に報復をうけたところで、ロイスにはなんの問題もない。大嫌いな教会が滅んだから、だからなんだというのか。
最初に置いていくと決めた少女だ。ここで置いていったって一緒のはずだ。
助ける理由はない。
そう思うのに、何故かきびすを返すことはない。それどころかロイスは一歩前に進み出た。張り直した結界が再びピシッと音を立てる。
助ける義理なんてない。ないはず、なのに。
(ロイスにひどいことしないで!)
彼女がそんなふうに言うからだ。
(かわいそうね)
俯いて、膝に頬を乗せて呟く姿が脳裏を過ぎさる。
また一歩、ロイスは前に踏み出した。
「お前、人間界見て回りたいんだろう」
声をかけてみる。聞こえているかはわからないが。
「魔界に帰りたくないんだろう?」
帽子を渡した時のほんのり頬を染めていった「ありがとう」を思い出す。
どうしても口に出せない思いを、唇を噛み締めて言わずにいようとする姿がいじらしくて。今はもう、そんなふうにすら思うのだ。
「俺についてくるつもりなんだろう?」
(ねぇ、ロイス、待ってよっ)
だから。助ける理由なんてないけれど。
──助けようと思ってしまうんだ。
仕方のない奴だな。と笑って、ロイスはさらにカレンに近づいた。あと少し、手を伸ばせばあと少し、というところで気づく。
「泣くなよ」
やわららかい彼女の頬を濡らすのは、涙。
──そういえば、一度も泣いたところは見たことがなかったのに。
「泣き顔で別れるのは、後味悪いからな」
結界が破られそうになるたびに新たに結界を張り直す。何度も何度も繰り返し。
そして、手を伸ばした。
「ほら、引っ張っていってやるから。行くぞ」
ロイスはそっと、カレンの手を掴んだ。
そのとき、ふっと時間がとまった気がした。
まるで結界の内側だけが、時間が止まってしまったように。まるで、結界の外だけが高速で時間が流れて行くように。結界の中は緩やかで、ほんのりとあたたかくなっていた。
驚いて、カレンを引き寄せる。周囲を見渡して呆然とする。
──なんだ、これ?
ロイスがゆっくりと周囲を見渡す。
やがて静かに、しかし確実に外側と内側の流れが同じになっていって、そして再び唐突に、カレンの濃厚な魔力がかき消えた。
「お、っと」
崩れ折れるカレンをあわてて抱えて、ロイスはホッと息を吐き出す。
浅い息を繰り返すカレンの瞳は閉じられていて、頬に涙の跡がのこっている。それを親指で拭い取る。
風がやんだ頃、パチリと、カレンが目を覚ました。
「あ、れ? 私……」
困惑した様子で、目を瞬く。そのカレンを後ろから支えるように立たせて、ロイスはカレンの顔を覗き込んだ。
「だいじょうぶか?」
「う、うん」
うなずいて、カレンは周囲をみわたす。
そうしてゆっくりと青ざめた。
ふらりとカレンの体が揺らぐ。それを抑えて、ロイスもカレンの視線を追う。周囲は散々な状態になっていた。
あらゆるものが、遺体も死骸もふきとばされ、近くにあったものは燃え尽き、灰になっていた。
居残るように流れる風がその灰を飛ばす。
──これは酷いな。
とロイスが思うほどである。カレンはその惨状を目の当たりにしてすっかり血の気が抜けた様子でつぶやいた。
「また、私……」
その言葉に、ロイスが
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