風術と指弾
ロイスの声よりもわずかに低く、すこし掠れた声。
ロイスが見上げ、再びカレンが一拍遅れてそちらを見上げる。
土煙は上空すらも覆い、何も見えないが、どうやら未だ上に陣取ってこちらを見下ろしているらしい。
──馬鹿かこいつ。
せっかく姿を
ロイスは嘆くようにため息を吐いた。自分の居場所を教えてどうするのか。
「小細工したなら最後までし通せよ。だいたい、このままで勝てると思ってるなら、驚きだな」
ロイスは小さくつぶやいて、ふっと手を挙げる。
ゆるい気の抜けきった動作だった。
「なんだと?」
上空の、未だ姿の見えない魔術師が不快気につぶやくが、そんなものは放置して、ただ一言、呪文を唱える。
『
あげた手をそのまま拳を軽く握り、人差し指だけ親指に引っ掛ける。上空に向かって高く高くその手を掲げると、ピンっと指を弾いた。
その瞬間。
ロイスの頭上に超巨大な膜がはられ、それが勢いよく
「んなっ⁉︎」
見えない敵が、声をあげる。
上空にいることがわかっているならば、自分の上空にいる何かに向けて、広範囲の攻撃すればいい。
とはいえ、ロイスに明確な攻撃魔術はない。火も出せないし、雷も落とせない。だから、結界で攻撃をする。
先程のように『
上空に漂う敵からすれば、突然足元から地面が襲ってくるような感覚だろう。
どういった足場を使っているかは知らないが、上空どこまでも登っていく結界から逃れる方法は一つ。
離脱。
しかし上空にはった結界の大きさはおそよ直径十二メートル。
それを完全に避けるためには、例えば真上にいたとしたら、六メートルは距離が取る必要がある。つまり、六メートルは離れたところに敵はいる。
距離がわかれば防御は容易い。
指を組む。
カレンとロイスを覆ていた繭がぐぐぐっと拡大していき、直径がおよそ十二メートルはある球体の結界が周囲に構築された。
「な、何これ……」
カレンが驚いたように周囲を見渡す。
直径十二メートルといえど、地面に飲み込んだ部分は見えないため、巨大な半球体に囲まれているような状況。
それでもあまりの巨大なドームが形成されたことに、カレンはキョロキョロとせわしなく周囲を見渡した。
「ちょっとした結界だ」
そう
「運がいいな、外に逃れたか」
ロイスは笑って、敵の気配のする方、前方に視線を向けた。
一連の攻防──と呼べるかも怪しいが──によって、相手の攻撃の手が止まったからだろう。すでに結界内の土煙は晴れ、そして結界の外の土煙も晴れてきていた。
目の前がクリアになる。
ロイスは眼を細めた。
結界の外、わずかに離れたところ。そこに、四つ這いになっている一人の男がいた。
ロイスと同じくフード付きの
違うのは。髪も瞳も、黒いと言うこと。そして、ロイスよりもいくつか
ロイスは男を観察したあと、すぐに、
いくつものすじが地面に刻まれている。
「風か」
ロイスは静かにつぶやいた。
風の刃で地面を抉りながらロイスを攻撃していたわけだ。
以前にこのような跡を見たことがあった。おそらくは別の魔術師に襲われた時か、修行の時だろうが。
「みたことがあるな。確か『┃風の
風の矢という意味だが、実際には刃が襲いかかるような印象をうける術だ。
使えないが、使っているのをみたことはあるし、【青の書】にあったのをよく覚えている。
風関連の魔術の中では比較的簡単で、しかしそれでいて強力な威力を持つ呪文だったはずだ。魔力消費も少なく済み、風を使う魔術師ならば、基本の魔術と言える。
ロイスはふうん。と小さくつぶやく。
風使い。それならば風を使って宙をただよっていたのだろう。目くらましの呪文のようなものもあった覚えがあるから、それで姿を消していたのかもしれない。風使いなら上空から攻撃するのも簡単だし。その状態であちこちから攻撃することも可能なのだ。
──そういえば、風魔術が得意な者は探査能力が高いという話も聞いたことがあったな。
そういう意味では結界術を行使するロイスも索敵能力は高いほうだが、果たしてどちらがそれに長けているのか……。
それを思うとそれほど面白くもないのだが、同時に楽しくもある。
魔術師と言うのは好戦的なのだ。
自身の力を試したいという欲求があり、端的に言えば負けず嫌いなのだ。
ロイスにとって魔術師の嫌いな部分でもあり、好意的に捉えている部分でもある。
負けず嫌い。大いに結構。それだけ多くの研究に没頭し、誰よりも優れた魔術を生み出そうとするならば。
しかしそうではないなら……。
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