成立と問題

 研究する中で彼はあることに気がついた。


 【青の書】の呪文でなくとも、魔術は発動するということを。

 想像と魔力次第でいくらでも形が、威力が変えられるということを。

 そして彼はそれを幼くして実証してしまった。

 他の魔術師にはできなかった。新たな魔術を生むということを。


 もっと知りたい。

 もっともっと知りたい!

 ロイスの魔術への探究心は、全てそれらの気づきから始まっていた。

 まあ、他に何もすることがないというのも理由なのだが。


「だからって、空間転移が使えるとは限らないだろ」


 苦し紛れにいうと、少女は声をあげて笑った。


「術を自分で作っちゃうような魔術師が、まさか魔界に迷い込むわけないわ」


 魔界と人間界との間には、境界が曖昧な場所がある。そこは非常に魔力濃度が濃くなっているのだが、感知能力が低い魔術師や、普通の人間は、そこが境界だと気づかずに迷い込むことがあるのだ。

 迷い込んだとは、言いたくなかった。

 それでは能力が低いというようなものだ。

 ロイスは溜息をこぼすと、「使えるよ」と渋々つぶやいた。

 少女は嬉しそうに瞳を輝かせる。

 

「取引成立ね」

 

 カレンは嬉しそうに言う。

 

「まてまて、俺の方の要求をお前が応じれるかはまた別の話だろう」

 

「……魔界の魔術書がほしい。でしょう」

 

「!」

 

 思わずカレンの顔を凝視する。

 

 ──あ、しまった。

 

「正解みたいね。あるわよ。魔術書」

 

 カレンは得意げに胸をどんとたたいた。


「それがほしいならあげる。どうせ大したものは置いてないし……場所も知ってるわ。ついてきて」


 言われてロイスは一瞬迷った。

 どうして魔術書を欲してるとバレたのか。

 ロイスにしてみれば、あるかもしれない。という非常に低い可能性だった魔術書で手に入れられる機会を得たわけで。これほどうれしいことはないが。嫌にスムーズすぎる。


「ねぇ。取引は成立でしょ。はやく!」


 ──はやく? 焦っている。そうだ。さっきから焦っている。なぜだ? 

 

「カレン……なぜこの遺跡にいたんだ? ゴーレムもいるし、危険だろう」


 カレンはさっと目を逸らした。

 

 ──これは……。


「答えろよ。なぜ急ぐ?」


 しばらく沈黙を守っていたカレンは、やがて、観念したかのように、年齢にあわないしぐさで肩をすくめた。

 

「……ここ、私のパパがずっと昔に作った場所なの。あのゴーレムもそう。パパが操っていたの。だから危なくはないのよね」


 ──なるほど。


 納得して、ふとロイスは思考を停止させた。

 そして動き出す思考と共に、嫌な汗が吹き出した。

 

 ──操っている?

 

 ゴーレムというのは、命令を聞いて動く人形だ。その構造はゼンマイ式のおもちゃのようなものがほとんどだ。操ることはできない。

 しかし操っていたというなら、それはゴーレムではない。マリオネット、つまり操り人形だ。人形と術者の間には、魔力で常に繋がりができている。

 壁にぶつからずに追いかけてきたことからも、それなりにコントロールされてるわけで。言われてみれば、ゴーレムらしくない。

 ロイスはだらだらと汗を流しながら、少女を見返した。


「あのデク人形を壊したこと、お前の父親にばれてるってことか……?」


 そのロイスの戦々恐々とした表情に、思わずカレンは眉尻を下げて、困ったように笑った。


「うん。ごめんね」


 ──謝る……ということは……。


「もしかして、ここに来たりする?」

 

「……うん、多分」


 バツの悪そうにカレンが頷く。

 ロイスは天を仰いだ。つまり、彼女が急いでいるのは、その父親がくるからなのだ。

 

「……一応聞くが……お前の父親、強いか?」

 

「強いわよ」

 

 と元気いっぱいの返事。そんなことまで迷いなく答えてくれなくていい。とロイスは酷い脱力感に襲われた。

 

 ただちょっと遺跡に入るだけのつもりが、ちょっと遺跡のかけらをもらうつもりが、ちょっと魔術について探るつもりが、まさか大人の魔族に、それもこれほどの人形を操作できるやつに見つかってしまうとは。

 しかもそばには、その娘がいる……。

 最悪の場面としかいえない。とロイスはあまりの嘆きに顔を覆いそうになった。これではのんびりと遺跡探索ができないではないか。


「だから言ったでしょ。急いでって。悩んでる時間はないわよ!」

 

 細かいことを聞く時間すら惜しまれて。ロイスはしぶしぶ頷いた。


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