駆引と交渉

「……取引?」


 突然の申し出に首を傾げる。


「そう! 私と取引しましょう。言ったでしょ、力になってあげられるかもしれないって。欲しいものがあるんでしょ。それをあげる。かわりに……」


「代わりに?」


 嫌な予感にロイスは頬を引きつらせる。

 少女はにんまりと笑っていった。


「私のお願いを一つだけきいてほしいの」

「めんどうくさい」

「まだなにも言ってない!」

 

「どうせ碌でもないことに決まっている」

 

 とロイスの勘が言う。

 しかし理解した。つまり彼女はロイスに何かをしてほしいのだ。そのためなら手助けをするという。

 

 ──力になる、ねぇ。

 

「だいたい力になるって、お前に何ができるんだよ」

 

「お前はやめて」


 強い口調で彼女は言う。たしかに。失礼ではあった。

  

「悪かったな。名前は? 俺は……ロイスだ」


 とりあえず自分から名乗る。

 その判断は正解だったらしい。


「人に名前を聞く態度じゃないんだけど? まあいいけど、カレンよ」


「ん、で? カレン、何ができるって?」

 

「応じてくれるの?」

 

「内容次第だな」

 

 とわざと横柄おうへいに答える。

 どちらが先に要求を言うのか。ロイスの目的が知られていようと困らないから、彼女の予想が当たっていても当たっていなくても、大した問題ではない。しかし彼女の要求に関してはまったく予想がつかない。

 安易に了承はできなかった。

 それに、この状況では、下手したてに出て主導権を握られるのは、得策ではない気がした。


「立場的には上ってつもり? まあいいけど」

 

 こちらの思惑を理解したのか、カレンはわずかに機嫌を悪くしたようだったが、すぐに気持ちを切り替えたらしい。

 カレンはぐっと身をのりだすと、ロイスの目をじっと見つめて、内緒話をするように囁いた。 

    

「あのね……私を人間界に連れて行ってほしいの」


 微笑んでそう言った彼女をみつめて、ロイスは彼女から身を離すと、目を逸らす。


「めんどくさい」


 ロイスはあらぬ方向に視線をやった。


 ──なんで俺がそんなことを……。


「ちょっと、ここまで言わせたんだから応じてよね」 


 怒った様子でカレンは言う。

 その様子は焦れているようで、そうとう彼女が人間界へ行きたいという思いが強いことが察せられた。


「…………なんで人間界に行きたいんだ?」


 思わず尋ねる。

 するとカレンはすっと顔色を変えて、冷めた様子でロイスをみた。

 

「それ話す必要ある?」


 ある。

 いや、実際目的を言えと強制することではない。ロイスだって目的を告げる必要はないのだ。仮にロイスが魔術書を要求して、何に使うのか?と聞かれたとして、答えられ答えも持っていない。

 それで不公平だと言われても困る。

 それに、彼女の事情を知ることで、なにか面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだった。

 

 ──細かいことを聞く必要はないか。


「しかし……。なぜ俺がお前を人間界に連れていけるとなぜ思う?」


 確信がなければ、取引など持ち込まないはずだ。

 ロイスがいぶかしげに彼女を見ると、カレンはむしろ聞かれたことが意外であるかのように目を丸くした。


「あら、だって、どうやって魔界にきたのかなって思ったら、普通ねぇ」


 ロイスは沈黙した。

 カレンはロイスの沈黙に、ニンマリと笑う。


「さっきの術。【ヴァルト】だと思うけど、オリジナルが入ってるでしょ? 普通の人間は【青の書】に書かれている術以外は使えないって聞いたわ」


 【青の書】。

 魔術師の使う魔術の大元になった魔術の本。

 昔人間界に残されていた魔族の手記──と言う名の魔術の辞書。それが【青の書】だ。

 そこには原理が書かれておらず、呪文が羅列られつされているだけ。

シルト】の呪文とか、【ヴァント】の呪文とか、【ココン】の呪文とか。まあこれらはどれもロイスが得意とする魔術なのだが、つまりそんなのが載っている。


 魔術師は【青の書】を基礎として魔術を使う。逆を言えば、その本に乗っていない魔術は使えないのである。

 本来なら。

 しかし。


「でも自分で魔術を作った人が目の前にいる」


 ロイスは苦虫を潰したような顔で唸った。

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