魔族と取引

 巨大なゴーレムをだまらせて、ふぅと一息ついたロイスは、ゆっくり振り返った。


「それで? なんでこんなところにい──」

「すごい!」


「は?」


 ロイスの言葉をさえぎって、少女は飛び跳ねるようにロイスに近づく。そしてロイスの周りをくるくると回った。


「すごい! すごい! すごい! あんな一瞬で!」


 相当興奮しているらしく、ロイスの周囲を目を輝かせて少女は跳ねる。

 ロイスは若干たじろき、少女を奇異きいの目で見た。


 ──どうしよう。


 素直に困った。


 ゴーレムから彼女を救うという結果になったとして、だからどうしてやろうと思っていたわけでもない。

 ゴーレムを倒して、あらためてじっくり遺跡を見て回りたいと思ってた。その程度である。

 

 しかし、飛び跳ねる少女の様子から、「じゃっ」と別れられる気もしない。ついてきそうな雰囲気がビシビシ伝わってくる。

 ではここで連れ回したとして、また少女を巻き込むのは面倒だ。かといってここに置いていって何かあったら後味が悪い気もする。


 ぐるぐると思考が空回る中、無意識に少女を守ってやらなければいけないと思っていることは、この際考えないことにするとして。

 

 ──面倒なことになったな。

 

 ロイスはチラリと少女に視線をむけた。悩んでいても仕様がない。


 ──というかそもそも。


 この少女の正体をはっきりさせなくてはいけない。

 結果によっては遺跡の散策どころではなくなってしまう可能性もある。

 そしてその可能性は高かった。

 彼女がおとり云々と言い出した時から。そしてその時彼女の顔をまじまじと見つめてしまったその時から、この少女が何者なのかロイスは気づいていた。


 こうして近くで見ればさらによく分かる。

 透明感のあるブルーの瞳。とがった耳、人間ではそうそうお目にかかれない整った顔立ち。


「魔族だな、おまえ」


 なんとなく威圧的に見下ろすと、少女はぴたりと動きを止めた。



 魔族とは、魔界の住人。人間とは相いれない存在。昔から争い続けてきた相手。

 友好関係を築こうとしたことは幾度いくどもあったが、すべて失敗に終わっている。

 それもすべては、互いの能力への嫉妬から……。


 ──いや、嫉妬してるのは人間だけか。


 魔術においても、技術においても、生物としての能力も上をいかれている、唯一人間側に何か勝っているものがあるとしたら、それはおそらく驚異的な繁殖力はんしょくりょく。と魔族ならば答えるだろう。

 

 人間から見れば、魔族の繁殖能力の低さが唯一の救いともいえる。 

 

 魔族の大人ともなると、その力は絶大ぜつだい。人間の軍隊を一人で殲滅せんめつすることすら可能だろうと言われる。ゆえに、魔族を発見したら幼いうちに殺してしまうのが人間たちの総意であった。その思想は古くから変わっていない。

 人間側がそういう対応をとるのだ。当然、魔族たちは幼い子供らを守ろうと必死になった。

 ここ数年は、魔族の子供を見たという話は聞かない。

 

 要するにどういうことかというと、ここで魔族の子供と出会ってしまったことは、運が悪いということだ。


 ロイスは少女を凝視ぎょうしする。一方の少女もロイスの様子をうかがうように上目遣いでロイスの顔をのぞき見た。

 そして、しばらくの沈黙の後、何を思ったのか唐突に少女は満面の笑みを浮かべた。


「……聞かなくてもわかっているでしょ。魔族だって」


 すがすがしい答え。

 ロイスの予想の正解を知らせる笑顔。ロイスは一人声もなく肩を落とした。


 ──やはり遺跡の散策どころではない。大人の魔族を呼ばれる前に退散しなければ……。


 そんなふうに落ち込むロイスの隣で、少女は再び首をかしげた。


「そういうあなたは人間でしょ? どうして人間がここにいるの?」


 ロイスは落とした肩をそのままに、少女を見た。さも不思議そうに首をかしげている。本当に純粋に気になるらしい。


 ──大人を呼ぶ気はないのだろうか……。


 ロイスは不安を感じながら姿勢を正した。


 ここ、とはおそらく魔界のことを指しているのだろう。真実をいえば、魔王を倒しに。しかし勇者一行が来ていることを魔族に知られるのはよくないことだ。勇者なぞどうでもいいと、結構本気で思っているロイスには関係のないことではあるが、彼らを死なせるような発言をするほど恨んでいるわけでもなんでもない。

 ロイスはわずかに考えて、自分の目的を正直に話すことにした。

 そのほうがいい気がしたのだ。


「なんだ……まあ遺跡に興味があって」

「それだけ?」

「それだけだが」


「えー本当かなぁ」

 

 ──軽い。


 ロイスはため息一つつくと、少女と向き直った。


「遺跡探索されると困るのか?」


「え? 全然。じゃなくて、何か別の用があるんじゃないのかなって気がして? 私、多分力になれると思う」

 

 そんなことを彼女はいう。

 確かに遺跡に興味というのは広義ではあるが。

 力になる。なんのために?

 そんな疑問がロイスの頭をよぎった。

 疑わしいという感情が先に立つ。それを察したのだろうか。彼女が「じゃあ」と前置きして言った。


「取引しましょ?」

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