案内と書庫
カレンが案内したのは、入口からずっと遠い地下道だった。
乾燥した空気がロイスの唇をカサつかせる。魔界はジメジメしている場所が多いが、遺跡の中はどうにも砂っぽく乾燥が酷い。
ロイスはカレンの小さな背中を眺めながら、そういえば、と思い出したように尋ねた。
「遺跡に近づいた時、なにか視線を感じたんだが、あれはなんだか知ってるか?」
鋭利な、刃物のように鋭い視線だった。ゴーレムのものでもないし、カレンのものでもないように思える。
カレンはチラリとロイスを振り返ると、再び顔を戻した。ロイスからは表情が窺えないが、緊張したように背中がこわばっている。
これは聞かない方が良かったか……とロイスが沈黙していると、やがてぽつりぽつりとカレンが話し出した。
「魔物よけの魔術みたいなものよ。この遺跡自体はただの、そう、ただの遺跡。けど一応ね、しっかり形が残っているから、大事にされているの」
その言い分は、ロイスにしてみればすこし不思議な気もした。たしかに魔物は見境もなく物を破壊することがある。それを防ぐために警戒網のようなものを敷いていて、近づいた物を威嚇するというのはわかる。
しかし、遺跡の目の前でその視線も感じられなくなってしまった。あれではまるで──。
「ついたわよ」
ハッとして、ロイスは顔を上げた。
そこには、ほかの場所にはなかった人間サイズの木の扉があった。
カレンはゆっくりと扉をあける。ギィと聴き慣れた木製の扉の蝶番の音がして、部屋の中があらわになる。
小さな小さな部屋。
その壁一面に、人間が読む一般的なサイズの本がずらりと並んでいた。
「すごいな……」
「好きな本をどうぞ。さっきも言ったけど、魔族にとっては大したものは置いてないけどね」
それであのゴーレムはどういうことだ。などと思わなくもないロイスだったが、細かいことは問い詰めまい。
それよりも、とロイスは壁一面を覆う本を眺めて、その中の一冊をなんとなく手に取る。
知らない魔術の呪文や内容が描かれていて、それだけでロイスは興奮を隠せなかった。次々と本を取り出しては開く。どれもこれも見知らぬ内容ばかりだ。
「ほら! はやくしないと」
背を叩く勢いで
彼女の父親がやってくれば、彼女はおそらく人間界にいくことはできなくなる。それはロイスが殺されてしまう。という可能性があるが
その証拠に、カレンは
「いっぺんに持っていける量じゃないし、さっさと持ってくもの決めて。急がないとパパが来ちゃうかもしれないし。のんびりしてる暇はないのよ」
ロイスは舌打ちをかました。
カレンの言うことは最もだ。最もだが、読みたい欲はある。しばらくパラパラとめくっていたが、地団駄を踏むカレンに再び急かされて、ロイスはため息を吐き出した。
カレンの言葉に頷いて、ロイスは周囲をぐるりと見渡した。
たしかに量が多い。しかし選ぶ余裕もない。ならば。
ロイスは両手の人差し指と中指を立てると、それを胸の前で交差させる。
空間を越える。
「え? 選ばないの?」
カレンが素っ頓狂な声をあげた。
「なにが?」
「なにがって、空間転移は基本的に、触れてるものしか転移させられないでしょ? 本を選ばないと……」
そう言ってカレンはひとつの本をめくってこちらみせた。
赤く分厚いその本はずいぶんと年季が入っているらしくボロボロだ。
その本のとあるページに【
ロイス指で印を組んだまま、それをしげしげと見つめた。
たしかにロイスがこちら、魔界に来た時に使った転移では、触れているものを連れてくるしかできなかった。しかし。
「選ぶ時間を削らせているのは誰だよ。まあいいけど……それなら、対象をこの部屋全体にすればいいだけじゃないか」
「え……」
それにしても、今まで応用として使っていた術も、しっかり記された本がある。それがロイスにはとても嬉しく思えた。
ここにある書物になら、もっともっと魔術についてのあらゆることが記されているのだろう。
ロイスはここにある書を読むのがたのしみでしかたなかった。
「まぁ、ゆっくり読めばいいことだな」
なにせ、いつでも退屈している。時間はあるのだから。
ロイスは小さくつぶやくと、さっと組んでいた指を離し、両手を大きく横に開いた。
そして呪文を唱える。
朗々と、歌うように。
『魔術干渉対象をこの部屋の内部にあるものに限定』
続けて再び人差し指と中指を胸の前で交差させる。
『空間転移・目標地点、ヨウラ村入口・干渉対象全てをそのまま転移』
それは呪文でもなんでもない。ただの指示だった。
誰に対してでもない。しいて言えば魔術そのものに対する。
後ろでカレンが
魔族には、知らないが。
しかしそれもやがて意識から外れていく。
世界が光に包まれる。
すべてが白く染まっていく。
そして見える世界がぐるりとまわる。
目を閉じて、そしてふと目をあけた。
風が、ほおをくすぐった。
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