転移と真実
「ここ、どこ?」
カレンが困惑気味につぶやくと同時に、ロイスは肺いっぱいに空気をとりこんだ。
目の前には森。それは先程の遺跡があった森とは違ってみずみずしく、青々としている。木漏れ日が黄金色に輝いる。
見上げれば空は明るく真っ青で、見下ろせば二人の足元の影は短い。
清々しいほどの晴れの日。
カレンは眩しげに目を細めて周囲を見渡していた。
ロイスが両手を下げると、宙に浮ていたいくつもの本が地面に落ち、砂埃が舞う。
そのうちの一つの本を手に取り、ロイスはさっさと表紙の砂を払うと、カレンを振り返った。
「ようこそ。人間界へ」
そこは森に囲まれた、小さな村の入り口だった。
「あなた。なんでもできるのね……魔族より魔術の応用できるんじゃない? 本いるのかも疑問だわ。……それにメチャクチャな呪文……そっか、オリジナルだから、呪文がないのね……」
カレンが
【青の書】など幼少期に暗記してしまったロイスだ。応用ばかり研究していたこの十数年は伊達ではない。
ロイスはそれなりに誇らしくて、胸を張るような気分になった。このくらいは朝飯前だ。
そんなロイスの様子など眼中にないかのように、カレンは驚いた様子でしばらく目を瞬かせていた。周囲を見渡す瞳はキラキラとしている。
しかし、すぐに眩しそうに目の上に手で傘を作った。
「人間界って眩しいのね」
目を細めてカレンが言う。
遺跡の中も暗かったわけだから、カレンからすれば眩しすぎるのだろう。
おそらく、魔族であるカレンにとって人間界は住みやすいとは言えない。
魔族は人間と違って魔力を取り込みエネルギーに変換している。
そのエネルギーは寿命や身体能力に回されるため、逆に魔力が少ないと身体がもろくなったりするらしいのだ。
魔力濃度が低い人間界では、さぞ動きづらかろう。
それに、昼と夜がある。
魔界に雨や雪があるかは不明たが、そうした自然現象もおそらく違うだろう。とロイスは予想を立てていた。
魔族の生活環境である魔界とはあらゆるものが違う。
そんなことは、魔族なら子供でも知ってそうなものだが、知っているのと実感するのは違うのだろう。
それをいま実感しているカレンの辛さとは、どれほどのものだろうか。
ロイスは一瞬考え込むと、中指と親指で輪を作った。
『構築・
途端に、カレンが不思議そうに周囲を見回す。
「なんか、眩しさがちょっと……」
「
カレンが頷く。
ロイスは常にいくつかの結界を張っている。
周囲を索敵し害意に反応する結界。
繭の形をした、攻撃から身を守る結界。
そして自分を中心とした一定空間のあらゆる刺激を緩和する結界。内からも外からもあらゆるものを制御するオリジナル魔術。
その三つ目の結界の中にカレンを入れたのだ。
元々は熱や寒さ、菌や虫などの小動物。そして汚染された空気などから身を守るためのもので、常時魔力を使用する練習にと張っているもので、作ってからもまだ日が浅い新術。
実験と思えばカレンにはちょうど良いだろう。
「ふうん。……ロイスがなんかしてくれたのね。ありがとう」
興味もなさそうに、カレンが言う。
ロイスはひとつ瞬きをする。
なんとなく、奇妙な感じがしたのだが……。
それにやはり気にはなる。過ごしにくいことは予想がついただろうに、人間界に行きたがった理由とはなんなのか……。
──まあいいか、人間界に来たい理由を聞かないと決めたのは俺だし。
「流石に、お前の父親も人間界まで俺を追ってくることはないよな」
と独り言を呟く。
するとカレンは肩をすくめた。
「どうかなぁ」
「……どう言う意味だ」
硬い声で尋ねる。
嫌な予感がする。
聞かないと決めた。きめたが……しかし。
「お前、なんで人間界にきたかったんだ」
「ああ、家出」
「は?」
サラリと言ってのけたカレン。
ロイスは思わずカレンを凝視した。
「家出?」
「家出」
確認の言葉に、再び短く返したカレン。
ロイスは頬を引き
「だから多分、パパおいかけてくると思うのよね」
と、なんてことないような口ぶりで言われる。が、そんなはずはない。なんてことないわけがないのだ。
魔族の大人が追いかけてくるのいうのか。
ロイスは初めに彼女の事情を聞かなかったことを悔いた。肝心な時に勘がしないのだから、魔術師の勘も使えない。
面倒なやつを連れてきてしまったのだけは間違いないと、ロイスは思って空を仰いだ。
今更後悔しても、もう遅い。
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